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世界を虜にするピアニストを育てた<br />奇跡の12年間

世界を虜にするピアニストを育てた
奇跡の12年間

文:三枝 成彰 (作曲家・音楽プロデューサー)

『辻井伸行 奇跡の音色 恩師との12年間』 (神原一光 著)


ジャンル : #ノンフィクション

 ウィーン留学から帰ったばかり、29歳の川上先生にとって、6歳の辻井君が初めての生徒。その才能の大きさと個性に魅了されて指導を決意したわけだけど、技術、感覚の両面から徹底して辻井君の立場で考え、なにもかも手探りで独特のレッスンを編み出す過程は読んでいて圧巻。どれだけ悩んで試行錯誤したことか、胸を打たれました。

 そのレッスンとは、「伸行くんが楽しいと感じる曲から順番に教える」「得意なものだけ。苦手なものは後回し」という自由な、辻井君のテンションを高く保つことを重視した型破りなもの。「猛練習が必要だということはあとで気づけばよい」というわけで、指を鍛えるための地道な練習などはさせない。

 さらに、譜面を見ることができない辻井君にどうやって具体的な指導をしていくのかというと、これがまた凄い。

 オリジナルの「譜読みテープ」なるものを作ることにしたんです。右手と左手別々に弾きながら、同時に音色やリズム、強弱記号などの情報は声で吹き込むというもの。さらに、作曲家がどんな思いを込めたのか、目標とする表現はどういうものかといった解説まで声で入れる。今とちがってカセットテープですから、簡単に編集なんて出来ないんですよ。5分の曲のテープ作りに1時間かかることもあったといいますから、それはもう膨大な時間と労力を必要とします。こんなテープを最終的に200本以上作ったそうです。

 すべては、辻井伸行という教え子の才能を自由に大きく伸ばすため。オリジナリティあるプロのピアニストを育てるために川上先生は、自身が留学先で必死に掴んだことを惜しげもなく注ぎ込むんです。

 実は伸行くん自身も、川上先生が幼い自分に教えるために裏でどれだけの努力をしてくれていたのか、番組で初めて知ったそうです。大人になった辻井君が川上先生への感謝と決意を込めた手紙が本の中にありますが、とても感動的ですね。辻井君は、川上先生と出会えて本当に良かった。それにしても、なぜ川上先生はここまで全身全霊で辻井君に向うことが出来たんだろうか……真剣に「人を育てる」ということについて考える人には必読の1冊でしょうね。

 ただ、ピアニストって40歳までは小僧扱い、真価が問われるのはその後なんです。辻井伸行はまだ24歳。本にも書かれているけど、彼は本当に素直で明るい前向きな性格で、だからこそここまで快進撃してきたわけだけど、究極的には、芸術家はもっと変態的でないといけません(笑)。世界で活躍し続けるピアニストになる為に、もっともっと意地悪く、嫉妬深く、ひねくれて欲しいですね。(談)

辻井伸行 奇跡の音色

神原一光・著

定価:610円(税込) 発売日:2013年04月10日

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