2014.06.02 文春写真館

中国文学の泰斗と仰がれた吉川幸次郎は中国語で生活した

文・写真: 「文藝春秋」写真資料部

中国文学の泰斗と仰がれた吉川幸次郎は中国語で生活した

 中国文学の泰斗と仰がれた吉川幸次郎は、明治三十七年(一九〇四年)、神戸市生まれ。開放的な土地柄と父が貿易商を営んでいたせいもあり、外国文化へのあこがれは人一倍強かったという。とりわけ旧制中学時代には、「史記」「三国志」「水滸伝」など中国の古典に親しんだ。

〈中国文学への傾斜は、ただ無性にその国の文学が好きだったという以外に理由はない。しいていえば少年時代に何故か「シナ人シナ人」とはやしたてられ「どうしてシナ人ではいけないのか」と疑問を覚えたせいかもしれない。中学時代すでに「史記国字解」を読破。清朝の精緻な古典解釈学で鳴る狩野直喜をたずねて志をうちあけたのは三高生のときだった〉(「文藝春秋」昭和五十一年=一九七六年八月号「日本の顔」より)

 中国文学の研究を志して、三高から京都帝国大学文学部に進む。

 昭和三年から中国に留学。帰国後は、本当の中国を知るためには中国人になりきるほかないと決意して、日常中国語を話し、中国服を着て、論文も中国語で書くという徹底ぶりだった。

 戦後、京都大学文学部長に就任。門下生に高橋和巳がいた。昭和四十四年、文化功労者。昭和五〇年には、中国に学術文化訪中使節団の団長として約五十年ぶりに中国を訪問した。京都大学退官後は、自らを「町の儒者」と名乗った。写真は昭和五十一年五月に撮影。昭和五十五年没。

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