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『サマーサイダー』解説

『サマーサイダー』解説

文:瀧井 朝世 (フリーライター)

『サマーサイダー』 (壁井ユカコ 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 ……と、並べてみると、本作は他の壁井作品にも共通する著者の魅力や美点が詰まっていることがわかるが、さらに本書ならではの特徴といえば、なんといっても「蝉」そして主人公たちの「三角関係」だろう。

 まず「蝉」について。街の名前が日暮市、隣が鈴無市と言及された箇所には噴き出さずにはいられなかったが(こうした、そこはかとないユーモアが漂うのも壁井作品の醍醐味)、次第にヒグラシ、つまり蝉はなんとも不気味な存在になっていく。夏、体育館の外で盛大に響く蝉しぐれ。小学校二年生の時に倉田たちが集めた羽化した後の抜け殻。倉田が思わず触れてしまった幼虫。この昆虫に執拗なこだわりを見せる佐野。蝉が七年かけて羽化し七日間で死ぬというエピソード。ヒントをあちこちに配置しているからこそ、蝉というモチーフのイメージが読者の頭の中で増幅されて、後半の光景がより鮮明に、グロテスクに立ち上がってくる。虫が苦手な人は後々まで引きずりそうなので要注意。それくらい、この小説はホラーとしても優れているということなのだ。

 次に挙げた「三角関係」というのはもちろん主要人物三人のこと。幼馴染みの彼らの関係性は少しずつ変化を遂げてきたが、倉田は小学生の時から三浦のことをずっと意識しているのに、中学生になってからの二人の間には大きな距離が生じている。片や中学でモテ男となった恵とは、まわりから二人はつきあっていると誤解されるほどの仲。しかも恵は倉田を思っている様子。想いのベクトルは恵→倉田→三浦→?という形。この微妙な三角関係も本書の読みどころで、少年二人がそれぞれ異なる愛情表現を見せてくれ、キュンとくる場面が多々ある。また、恵や三浦といった何かしら屈折を抱えたタイプの男子にときめいた読者には、ぜひ現時点での著者の最新作『2.43 清陰高校男子バレー部』をオススメしたい。福井の中学や高校を舞台に、バレー部の部員たちの友情と成長が描かれた超ド直球の青春部活小説。不器用でややこしくて案外脆くて、青臭くて憎めない十代の男の子たちの魅力が詰まった長編である。

 屈託を抱えた少年少女を丁寧に描き出す壁井さんは、彼らの思春期の煩悶との折り合いのつけ方をどのように描くのか。本書も後半ホラーに振り切るのではなく、倉田たちの等身大の、思春期のままならなさによる苦しみを描ききっている点が秀逸である。大逆転が起きてすべてが解決するわけではない。そんな絵空事を壁井さんは描かない。それでも自分のため、大事な人を守るために行動しようとする彼らの未来は決して閉ざされてはいない。最後の一文は具体的なことを示しているけれども、思春期を生きぬいた少年少女たちみなに共通するものであってほしいと思う。とてつもない恐ろしさを味わった後で、優しさと切なさが入り混じり、溶け合う余韻に浸らされる。そんな稀有な読書体験ができる本書、未読の方はおはやめに、ぜひ。

サマーサイダー
壁井ユカコ・著

定価:630円+税 発売日:2014年05月09日

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