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時代に沿って進化し続けたミステリ作家<br />半世紀以上にわたる執筆活動の結実

時代に沿って進化し続けたミステリ作家
半世紀以上にわたる執筆活動の結実

文:日下 三蔵 (ミステリ評論家)

『孤独な放火魔』 (夏樹静子 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 ちなみに八〇年代以降、『第三の女』がフランス語、『Wの悲劇』が英語、『天使が消えていく』がイタリア語、『蒸発』が中国語と、多くの作品が翻訳されており、海外でも高い評価を得ている。

 そんな夏樹ミステリの中で一貫して扱われているのが法律の問題である。初期のサスペンス『霧氷』(76年2月/カッパ・ノベルス)は法廷ものとしても読み応えがあったし、数少ないシリーズキャラクターには、『星の証言』(77年10月/徳間ノベルズ)以降の四冊に登場する弁護士・朝吹里矢子、『螺旋階段をおりる男』(85年4月/新潮社)以降の三冊に登場する検事・霞夕子がいる。

 少年法と遺族の復讐を扱った『クロイツェル・ソナタ』(95年4月/講談社)を経て、人が人を裁くことそのものをテーマにした大作『量刑』(01年6月/光文社)を発表した夏樹静子が、裁判員制度に大きな関心を抱くのは当然の成り行きであった。裁判員制度は二〇〇四年に成立し、〇九年から施行されているが、夏樹静子は福岡地方裁判所委員会、最高裁判所の下級裁判所裁判官指名諮問委員会などで実際に委員を務めている。二〇〇八年には日本司法支援センターの顧問に就任。ノンフィクション・ノベル『裁判百年史ものがたり』(10年3月/文藝春秋)も刊行している。

 本書『孤独な放火魔』は、二〇一三年一月に文藝春秋から刊行された作品集の文庫版である。いずれも新米裁判官の久保珠実が登場する三つの中篇が収められており、一五年六月現在での著者の最新作ということになる。収録作品の初出は、以下のとおり。

 孤独な放火魔「オール讀物」10年12月号
 DVのゆくえ「オール讀物」11年7月号
 二人の母「オール讀物」13年1月号

「孤独な放火魔」は認知症の妻の介護に疲れ果て、子供のころに自分をいじめた幼馴染みの家に火をつけた容疑で逮捕された中年男の事件。簡単な案件かと思われたが、意外な目撃証言が飛び出したことから事件の様相は二転、三転し、裁判員たちは量刑をめぐってパズルのような難しい判断を要求されることになる。作中での「昔こんな映画がありましたよねぇ」という台詞は、もちろん法廷サスペンスの古典的傑作「十二人の怒れる男」のことであろう。

「DVのゆくえ」は夫をアイロンで殴り殺してしまった妻の事件。実は被疑者は夫から日常的にDV(家庭内暴力[ドメステイツク・バイオレンス])を受けていたと主張し、正当防衛が認められるかどうかが審理の争点となっていく。

「二人の母」は夫の子を生んだ愛人の女性を殺害した妻の事件。愛人は子供を虐待していた形跡があり、被疑者は子供を救うために愛人を殺したというのだ。複雑に絡んだ人間関係の綾を、裁判員たちはどう捌くのか?

 どの作品でも、現代社会の誰の身の上に、いつ起こってもおかしくないような事件を扱っていながら、法廷という場で次々と意外な事実が明らかになっていくところに、ミステリとしての創意がある。しかも本書の場合、裁判員制度におけるリアルな裁判の進行過程も読みどころの一つになっているから、まさに夏樹静子のこれまでの活動が結実したような作品集といっていい。最後に置かれた「二人の母」が、デビュー以来のテーマである母性の問題を扱っている点も興味深い。

 ベテランの手になる奇妙で哀しい三つの人間模様を、じっくりとお楽しみいただきたいと思う。

孤独な放火魔
夏樹静子・著

定価:本体670円+税 発売日:2015年07月10日

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