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京都からロートレックの名画が消えた!<br />高樹のぶ子が挑む、未解決事件の「闇」

京都からロートレックの名画が消えた!
高樹のぶ子が挑む、未解決事件の「闇」

文:池上 冬樹 (文芸評論家)

『マルセル』 (高樹のぶ子 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #小説

 さて、『マルセル』である。

 親本の帯には、“実在の未解決事件をテーマに恋愛小説の名手が贈る芳醇な「絵画」ミステリ!”とあるように、実際に起きた事件をもとにしている。一九六八年(昭和四十三年)、京都国立近代美術館で開催された「ロートレック展」の最終日に起きた盗難事件である。十二月二十七日の早朝に、油彩絵画の「マルセル」(時価三千五百万円相当)が盗まれたことが発覚し、事件は未解決に終った。物語は、東京の新聞社につとめる瀬川千晶が週末、新幹線に乗り、自宅のある神戸に帰る場面から始まる。

 瀬川千晶は、神戸に帰り、先日亡くなった父親の遺品を整理する。千晶と同じく父親謙吉もかつては新聞記者で、全国紙の関西本社で働いていた。千晶は遺品のなかから、ふとある取材ノートを見つける。それは未解決におわった絵画盗難事件の記録。驚いたのは、一枚の葉書がノートにはさまれており、犯人と思しき者からの挑戦的な文章が綴られていたことだ。“闘いは終わった。あとわずかで時効成立だ。あなたの負けだ。哀れな、吠えることも出来ない、惨めな負け犬。予想出来ない方法で、わたしは姿を現し、生き返るだろう。シミひとつないマルセルより”と。

 この文面から千晶は、父親がマルセル盗難事件に肉薄していたのではないかと考える。だからこそ犯人と思しき者から挑戦的な葉書をもらったのではないか。

 千晶はノートブックにとらわれ、葉書の宛て先である当時父親が住んでいた京都の住所へと向かい、関係者の取材を開始する。亡くなった父親に代わり、事件を追及しようとするのだが、それは世界的な規模の絵画盗難事件の調査へとつながることになる。同時に、父親が秘していた事実、家族のある秘密へと直結することでもあった。

 実際の盗難事件には後日談があり、時効成立後、新聞社に絵画が持ち込まれて、ある教師が疑われるのだが、高樹のぶ子はそれを省いて、独自の推理を働かせている。

 まず目をみはるのは、丹念に事件の過程を追いながら、警察捜査のミスなどをついて、事件の裏を少しずつ明らかにしていく点だろう。しかも東京から神戸、京都、そしてパリへと舞台を移して、美術界における絵画盗難の深層(世界的規模の盗難組織、保険会社との関係、贋作、真贋の判断をさけたがる有名オークションの現状等々)を探っていく。

 と紹介すると、本格的なミステリのように聞こえるかもしれないが、もちろんそうではない。千晶は探偵役ではあるものの伝統的なレディ・ガムシュー(女性探偵)の役割を担ってはいない。どちらかというと巻き込まれ型サスペンスのヒロインといったほうがいいし、やや話が寄り道するところもある。文化部の映画欄担当記者ということもあり、ロートレックの生涯を描いたジョン・ヒューストン監督『赤い風車』、強奪映画の名作『トプカピ』、サスペンスの名作『ガス燈』、さらにはジャン・ジュネ『泥棒日記』やフランスの田園小説『アストレ』などを引用して雰囲気を盛り立てている。でも、これがいい。ミステリには蘊蓄が必要だし、それが読者の興味をひき、謎への関心を高める。

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マルセル
高樹のぶ子・著

定価:本体1,090円+税 発売日:2015年05月08日

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