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びっくりするほど今と似ている江戸の日常<br />薬を通販? 書店でPOP? つながり?<br />

びっくりするほど今と似ている江戸の日常
薬を通販? 書店でPOP? つながり?

文:大矢 博子 (書評家)

『春はそこまで 風待ち小路の人々』 (志川節子 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #歴史・時代小説

 書店をよく利用する人は驚かれたのではないだろうか。「粂屋の一押し」などの幟は、今でいうPOPだ。売れ筋は平台に、そうでないものは奥に。流行や季節によってフェアを行なう。しかも本編には、版元の手代に、あれは売れ筋だから仕入れたい、これは売れないと思うから返すなどと話す場面もある。今とまったく同じである。実に楽しい。

 著者の志川さんに「あの絵草紙屋の様子は史実ですか」と訊ねてみたことがある。概ね史実だが、幟を立てるのは創作だ、という答えが返ってきた。「でも、やり手の店主だったら絶対やってたと思うんですけど」と。

 その後で、享和二年に出された『画本東都遊』の、葛飾北斎による絵草紙屋の絵を見て手を叩いた。平積みにされた本を客が手にとる様子が描かれているのだが、店頭には、人気作や新作と思しき書名を書いた札が、まさにポスターのように貼られているではないか。やはりやっていたのだ。

 第二話「春はそこまで」は生薬屋。おかみさんのアイディアで、精力剤の飛脚売りをやるという話が出てくる。絵草紙の奥付に広告を載せ、遠方からの注文に為替手形で対応する。つまり、通販だ。これも、いわゆるカタログ販売は郵便制度が確立した明治になってからだが、江戸時代から野菜や花の種の飛脚売りは行なわれていたという。

 第三話「胸を張れ」は洗濯屋。顧客に通い帳を渡し、洗濯物一点につき、判を一つ押す。二十個集めたら次の洗濯物は無料になる。ポイントカードである。これは創作だそうだが、他の職種では得意先へのサービスの例は多々あるので、決して荒唐無稽な設定ではない。

 いやあ、面白い。

 もちろん、当時ならではの情報もある。洗濯屋が使うのはアイロンではなく火熨斗だし、本屋の売れ筋は役者絵だ。変わらないところ、違うところ、形を変えたところなどなど、ひとつひとつ味わって読まれたい。まるで自分が風待ち小路をそぞろ歩きながら、店先を冷やかしているような気持ちになれる。

 ここまでの三話は職業小説であると同時に、家族小説でもある。第一話では、年を重ねても気分だけは現役ばりばりの父親が、跡取りの息子を不甲斐なく思う。第二話では、女遊びが過ぎる夫に生薬屋のおかみさんが悩まされる。第三話は、父が家を出たあとで母親と二人暮らしになった少年が主人公だ。

 共通するのは、反発。そしてそれを乗り越えたところに見えるもの、だ。

 絵草紙屋の息子は、父が売れないと踏んだ絵を平台に並べる。父は、他人の提案を「いい考えだ」と感心するが、それは実は息子の考えだった。そういうエピソードを重ねて、信頼とは何かを描いていく。

 婚家が辛かったら帰ってきていいと言ってくれた父親が亡くなり、気落ちしていた生薬屋のおかみさんの肝が据わったきっかけは何だったか。洗濯屋の主人はなぜ出奔したのか。どれも、職業描写同様、現代と同じ構図がそこにある。

 そのテーマは、第四話「しぐれ比丘尼橋」でひとつの方向を指し示す。風待ち小路の若者たち――つまり各商店の跡取りたちが、自分たちなりに風待ち小路を盛り上げる方法を考えるのだ。「おれたち若い連中の出番だな」と。連携した息子世代による、親世代への反発――いや、挑戦である。

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春はそこまで 風待ち小路の人々
志川節子・著

定価:本体650円+税 発売日:2015年02月06日

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