本の話

読者と作家を結ぶリボンのようなウェブメディア

キーワードで探す 閉じる
公開対談<br />島田雅彦×桜木紫乃<br />小説の中の男と女

公開対談
島田雅彦×桜木紫乃
小説の中の男と女

第150回記念芥川賞&直木賞FESTIVAL(オール讀物 2014年5月号より)

出典 : #オール讀物
ジャンル : #小説 ,#エンタメ・ミステリ

男性と女性の性描写の違い

島田 男性と女性の作家が男女の営みを書く場合、なかなか一言では難しいですが、比較的男のほうが偏見に満ちていて、こうだという思い込みが強いんじゃないかという気がします。それが転じて、男根中心主義になるわけでしょ。要するに、喜ばせてやるというスタンス。これはどんなフェミニストであろうと、心の底にはあるんじゃないかな。それに対して女性は、最初は多少拒んだりしても、いざ覚悟が決まると「何でもこい」と、度胸の据わった感じというのがあると思うんですよ。だから、セックスに対する恐怖にしろ、あらゆることを突き進んでいくような勇気にしろ、そういうものは男女で比べると圧倒的に女性のほうが強いんじゃないですか。

桜木紫乃さくらぎしの 1965年、北海道生まれ。文芸誌「北海文学」で活動した後、02年「雪虫」でオール讀物新人賞。昨年、『ホテルローヤル』で直木賞受賞。

桜木 たしかに、男性の描く官能的な小説を読むと、少し幻想が入っているなと思いますけれども。

島田 男性側にね。

桜木 でも、それは客層に合わせてということもあるでしょうし、自分がそういうふうに生きてきたという考え方が出ているのかなあ、と思います。性描写は男性も女性も幻想を持ち寄って一対かもしれませんね。そういう点では人間の考え方がすごく出ちゃう場所なんでしょう。私はデビューのときからずっと冷めた女ばかり書いていますが、書いて自分を知るというところも多いです。

島田 自己分析を徹底していかないと、ずっと同じパターンを繰り返しちゃう。毎回違う作品を書くためシチュエーションを設定しなきゃいけないわけだから、そのつど、自分のキャラクターを多少は変える努力をするとか。感覚器官は変えようがないけど、その使い方は変えられるわけだから、自分の感覚のリニューアルというのを随時やっていかなきゃいけないでしょうね。

桜木 感覚のリニューアルとは、まさか相手を替えろと。私は同じ人間と26年くらい付き合っているんですが(笑)。

島田 でも、その合間に他の人とも随時付き合えばいい。家庭のご事情はよく存じませんけれども(笑)。

桜木 そんな機会があれば。いや、何だかあぶないわ、この会話。

島田 ちょっと身も蓋もない言い方をするとね、小説家はたくさんいるわけですが、書き方は作家の数ほどのバリエーションがあるかといったら、そうでもないかもしれない。エンターテイメントという1点に絞って考えると、その構造というのは、みんな同じことを踏襲していると思います。そんなに突飛なことをやったら、逆に言えばエンターテイメントにならないし、読者の快楽回路にうまく作用しない。実験的にやってみて、その実験が褒められることはあるにせよ、それが多くの読者を獲得することには必ずしも繋がらないでしょ。

桜木 確かにそうなんですね。セックスしたことのない人というのは、人を殺した経験のある人よりずっと少ない。だから、そういう小説を読む場合、どこかに自分もそうかも、と思わせるところを残さなきゃいけない。そうなると、私の場合なぜかへたれな男ばかり書いちゃうんですよね。

島田 あ、30歳まで童貞の男が出てくる「おでん」という桜木さんの短編。モデルみたいなイイ女の子が、彼氏のDVから逃れてワンルームに転がりこんできて、そのときにおでんをお土産に持ってくるという(笑)。

桜木 しけた話ですいません。

島田 30まで童貞だったわりと背の低い坊やが、モデルみたいな女の子と初めて恋に及ぶ、そのシーンは読みがいがありましたよ。

桜木 ありがとうございます(笑)。

島田 そのシーンはすごく短いのですが、要するに経験がないからどうしていいか分からない。この戸惑いが、きわめて短い描写の中でちゃんと出ています。

桜木 童貞としたことがないので、すごい一生懸命考えました。

島田 男はここまでせっかく童貞を守ってきた、だから今まで宿を貸してくれてお世話になったそのお礼にというのは嫌だな、というプライドも持ってるのね(笑)。そのへんはちょっとリアルだった。男の場合は多かれ少なかれ、みんなへたれだからね。どんな男も昔、中2だったわけで。

桜木 そう、みんな昔は中2。いい具合にここで飛び道具の第2弾です。『自由人の祈り――島田雅彦詩集』を出します。思潮社という現代詩専門の出版社から出されているものです。私は詩を読むのが結構好きなんですが、男性は詩を書くときに、どんな年齢になっても必ず10代まで戻らないと、人に届く詩が書けないと思っているんです。そうしたら、島田さんが詩集のあとがきで「詩を書いているかぎり、精神分析も占いもいらない。小説は私をいっそうひねくれさせるが、詩は私を素直な少年に回帰させる」と書かれていた。私の持論が立証されて、すごく嬉しかった。

島田 なるほど。日本では明治から今日に至るまで、萩原朔太郎や北原白秋、野口雨情とか谷川俊太郎とか、人気の詩人がたくさんいます。こういう日本を代表する詩人たちの詩は、どこか童謡に通じるものというか、ティーンエイジャーの壊れやすいハートに訴えてくる部分は確かにありますね。ロングセラーになる小説もナイーブな1人称語りである割合が高いです。一方で現代詩というのは、ものすごく言葉を練って、こねて別物にしていくという、そういう実験もありました。

桜木 そうやって人に「どうだ、この表現分かるかい」という出し方と、分かるように届けることは違うと思っています。やっぱり10代まで戻ることができた詩というのは、ちゃんと人に響くし、そこまで下げきれなかったものというのは、どこか説教臭いんですよね。説教臭さがないという点で、私はこの詩集が大好きなんですけれども、中に不二子という女性が出てきますね。やっぱり巨乳なんでしょうか。

島田 う~ん。AV業界は貧乳もそれなりのニーズがあるそうです。

桜木 AV業界がお好きなんですか。さっきからずっと(笑)。

島田 全然そんなことはないんですが、今は基本、買わなくても無料で見られます。毎日更新されていますし。

桜木 あ、それをチェックするのが日課だというエッセイを読んだことがあります。

島田 そうなんです。ちょっと創作意欲を駆り立てるために、全然そんな気分じゃないのを、無理くりそういう気分にしなくちゃいけないときもある。

桜木 そうですね。朝から官能シーンを書かなきゃならない日もあります。

島田 1回長い睡眠をはさむと、休んで頭はクリアになってるけど、頭の回転数を上げるときに何らかの勢いが必要でしょ。その一環にAVとかゲームがあります。困ったもので、ゲームやアダルトビデオって、ある種の依存症を作り出すんです。それにお金をつぎ込むのが惜しくないというふうにさせるのはあこぎな商売の最たるものなんですが。小説もそういうふうになればいいなあ、1度読み出したら止まらないような。

桜木 憧れですねえ、1度も手が止まらない小説。

島田 そうしたいのは山々ながら、ある黄金のパターンを見つけて、それをずっと繰り返すというのも飽きる。このへんは悩みどころですね。

【次ページ】純愛小説がまた流行る?

オール讀物 5月号

目次はこちら

プレゼント
  • 『グローバルサウスの逆襲』池上彰・佐藤優 著

    ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。

    応募期間 2024/4/19~2024/4/26
    賞品 新書『グローバルサウスの逆襲』池上彰・佐藤優 著 5名様

    ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。

ページの先頭へ戻る