2016.03.21 書評

桜庭一樹による奇譚短編の庭園へようこそ――

文: 杉江 松恋 (書評家)

『このたびはとんだことで 桜庭一樹奇譚集』 (桜庭一樹 著)

『このたびはとんだことで 桜庭一樹奇譚集』 (桜庭一樹 著)

 そうか、ここが入口だったのか。

 桜庭一樹の小説を読んでいるとしばしば、初めて訪れた庭園の中で彷徨(さまよ)っているような感覚を味わうのである。英国式庭園の迷路のように視界の利かないところに入り込んでしまうときがあれば、知らずに歩いていたら築山(つきやま)の中腹に出て、庭の全貌を視野に収められるような眺望を得ることもある。その感覚を味わいたくて、いつも本を手に取るのだ。

 たとえば第一三八回直木賞を受賞した『私の男』(二〇〇七年、文藝春秋→現・文春文庫)がそういう作品であった。小説の冒頭は婚姻を控えた主人公・花が、養父・腐野淳悟に出会う場面である。この作品は章を追うごとに時計の針は逆に回っていき、最も古い時間に到達したところで終わる。その遡及の流れのどこかで、花と淳悟の物語がひっそりと始まるのだ。ただ、作者が拍子木を打って教えてくれるわけではないので、すべての読者が同じ箇所を入口と見なすことはないはずだ。各人が違ったところで始まりの感覚を味わっている可能性はあるだろう。小説のページを繰り始めた瞬間から読者は現実の世界を離れ、虚構の側に少しずつ足を踏み入れていく。その目の前で起きることを眺めているうちに、いつしか「何かが起きている」と感じるようになる。ここで言う「入口」とはそういうことだ。慌てて走る兎を追いかけたアリスが、不思議の国に入りこんだ後で、そこが不機嫌な女王によって支配された場所であることを知ったように。さまざまな物語の書き手がいるが、桜庭一樹はこの「入口」を見出すまでの過程に重きを置いている人なのではないかと私は考えている。

 入って、出てくる。

 それを繰り返し、物語はできていく。どのような儀式によって桜庭がその過程を可能としているのかは知らないが(いや、日記エッセイで読んだ記憶はあるのだが)、私が幻視する作家の姿は、洞穴のような暗い入口の前で足を止め、その中から漂ってくる冷たい風に顔をなぶられるままに何かを感じ取ろうとしている桜庭一樹である。物語に入ろうとするとき作家の体内時計は、現実のそれとは無関係に長い長い時を刻んでいるはずだ。

 短篇集の解説なのに、長篇作品の話題から稿を始めてしまった。本書の単行本は『桜庭一樹短編集』(なんという魅力的な題名だろうか)として二〇一三年六月十五日に文藝春秋から刊行された。今回の文庫化にあたり『このたびはとんだことで 桜庭一樹奇譚集』と改題され、作品の収録順が入れ替わった。これまでの著作リストを見れば一目瞭然だが、桜庭一樹は基本的に長篇作家であり、シリーズ作品の〈GOSICK〉を例外とすれば極端に短篇の少ない作家だ。これまでに発表された作品集は本書以外には二冊、『道徳という名の少年』(二〇一〇年、角川書店→現・角川文庫)、『ほんとうの花を見せにきた』(二〇一四年、文藝春秋)のみである。桜庭作品の多くは、読者をそこに長逗留させることに向いた構造を持っており、たぶん日帰り客をもてなすようにはできていないのである。

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このたびはとんだことで 桜庭一樹奇譚集
桜庭一樹・著

定価:本体640円+税 発売日:2016年03月10日

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