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危機感からの創刊、そして読者層の拡大へ 座談会(1)

危機感からの創刊、そして読者層の拡大へ 座談会(1)

羽鳥 好之 (文春文庫局長)

文春文庫の1970年代


ジャンル : #ノンジャンル

文春文庫は2014年、創刊40周年を迎えました。 昭和40年代後半、文庫の創刊が相次ぐ中での船出でした。五木寛之『青年は荒野をめざす』、北杜夫『怪盗ジバコ』、柴田翔『されど われらが日々―』、石川達三『花の浮草』、井上靖『おろしや国酔夢譚』、司馬遼太郎『最後の将軍』、松本清張『象の白い脚』、小林秀雄『考えるヒント』、畑正憲『ムツゴロウの青春記』、J・アダムソン/藤原英司訳『野生のエルザ』の10点にてスタートした当時を知る編集者と、現文春文庫局長による座談会。

阿部達二(あべ・たつじ)
1937年青森市生まれ。早稲田大学第一政治経済学部卒業。1961年文藝春秋入社。「文學界」「別册文藝春秋」各編集長、文藝編集局長などを歴任。1999年退職。 著書に『藤沢周平残日録』(文春新書)、『江戸川柳で読む百人一首』(角川選書)などがある。

鈴木文彦(すずき・ふみひこ)
1946年盛岡市生まれ。早稲田大学第一法学部卒業。 1969年文藝春秋入社。「スポーツ・グラフィック ナンバー」「オール讀物」各編集長、文藝編集局長などを歴任。2011年退職。現在は八重洲ブックセンター顧問。

文庫創刊ラッシュのさなかに誕生した文春文庫

羽鳥 70年代は第3次文庫戦争(※1)と呼ばれる文庫創刊ラッシュの時代でした、文春文庫はそのさなかの74年に創刊しています。71年に講談社文庫、73年に中公文庫が創刊され、それを追いかける形です。その後77年から集英社文庫が刊行されています。文庫としてはかなり後発であり、ちょうどオイルショックによる紙不足にも悩まされながらの船出でした。苦労されたことも多いかと思いますが、創刊当時について、特に印象に残っていることは?

阿部 司馬遼太郎さんの『燃えよ剣』は「週刊文春」連載だったのに、単行本も文庫も新潮社から刊行された。返してくれと何度も申し入れたけれどダメ。他にも、石原慎太郎さんの『太陽の季節』は文學界新人賞なのに単行本も新潮社、野坂昭如さんの『アメリカひじき・火垂るの墓』は「別册文藝春秋」と「オール讀物」掲載で、単行本はウチが出したが文庫は新潮。当時は「雑誌が売れていればそれでいい」と考える人も社内に多くて、特に古い社員ほどそうだった。だから雑誌で原稿を頂いていても、単行本や文庫が他社から出てしまうことがよくあったんです。若手は歯噛みして悔しがっていた。やはりウチも文庫を出さないと、他社にみんな持っていかれてしまうという危機感がありましたね。

鈴木 文藝ものはほとんど新潮文庫に入っていましたね。

阿部 創刊ラインナップはかなり精選してますよ。現在でも10点のうち6点が絶版にならず残っている。

鈴木 そのラインナップに「鬼平犯科帳」(※2)が入っていないんですよね。半年間、据え置かれている。67年末に連載が始まって、単行本が68年から文庫創刊年までに6冊出ているから、入っていてもおかしくないのだけれど。

羽鳥 それは不可思議ですね。

鈴木 池波正太郎さんは創刊の年までに、御三家といわれた小説誌(「オール讀物」「小説新潮」「小説現代」)に評判の連載を持っていたし、特に「オール讀物」では「銭形平次捕物控」(※3)に替わって「鬼平犯科帳」が巻末を飾るようになっていたから、すでに高い評価を得ていたはず。ただ、捕物帳自体が当時ちょっと下に見られる風潮があったのかなあと思います。まだ古典中心だった文庫のイメージが残っていて、その流れに従ったのかもしれませんね。それでも「鬼平」が半年後に入って、本当によかった。他社に持っていかれてたら今頃どうなっていたかと思うと、恐ろしいね。それくらい文庫が売れました。

※1 岩波文庫、改造文庫、春陽堂文庫などが創刊された昭和初頭が第一1次、第二次世界大戦後の新潮文庫が復刊され角川文庫などが創刊された時期が第2次。

※2 江戸の火付盗賊改方長官・長谷川平蔵が悪を斬るドラマや映画でも知られる大人気シリーズ。文庫は全24巻。

※3 作者は野村胡堂。「オール讀物」誌上で31年の創刊号から57年まで連載。これも単行本は他社から出ていたが、2014年5月~7月に傑作選を文春文庫から刊行予定。

太郎、次郎、三郎

羽鳥 表をご覧いただくとおわかりのように、70年代は司馬作品が圧倒的に強い。司馬ブームのきっかけはどの作品からですか。

阿部 やはり63年から66年にかけて刊行された『竜馬がゆく』(※4)以降でしょう。ただ、この本も創刊ラインナップにはなくて、創刊の次の年に文庫になった。単行本から文庫化までの期間が長いのは、単行本の売行きが思わしくなくて文庫化をためらっている場合と、単行本がまだ売れつづけているので文庫にするのは勿体ないというケースがある。「竜馬」の場合はもちろん後者です。当時、社内のさまざまな意見を調整して文庫の創刊に踏み切ったK氏は、「太郎、次郎、三郎の連載しかいらない」と公言してはばからなかった。司馬遼太郎、新田次郎、城山三郎で、この3人は、それくらい売れていた。

鈴木 私は文庫創刊前の69年に入社して、初めは商品部に配属されたのだけれど、その頃、新田次郎さんと城山三郎さんの本は倉庫にうずたかく積まれたまま、アラスカの氷山のように動かなかった。注文が来ないんです。それが突然動き出して、氷山がみるみる溶けて崩れていったのを目の当たりにしました。

阿部 新田さんは、他社の本だけれど『孤高の人』『八甲田山死の彷徨』や『アラスカ物語』で人気が出たはず。『武田信玄』(※5)が70年代の2位に入っているのは、88年にNHKの大河ドラマになった影響かな。

羽鳥 ベスト10の表は現在までの部数で作成していますので、後にベストセラーとなったものもあります。

阿部 小林秀雄さんの『考えるヒント』(※6)なども、短期間に爆発的に売れたのではなく、長い時間をかけて数字が積み上がった結果ですよね。こうしたロングセラーも文庫の財産です。

座談会(2)「文春文庫の1980年代」はこちら>>

※4 幕末維新史上の奇蹟、坂本竜馬の劇的な人生を中心に、同時代を駆け抜けた若者たちを描く。全8巻。

※5 合理的な戦術によって合戦に転機をもたらした戦国の名将・武田信玄の生涯を描く。風の巻、林の巻、火の巻、山の巻の全4巻。

※6 さりげない語り口で思いがけない発想に触れることができる知的エッセイ集。

 
座談会の文中に登場するランキングの詳細は特設サイトでご覧ください。

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