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昭和から平成へ――クロニクルとしての警察小説

昭和から平成へ――クロニクルとしての警察小説

文:杉江 松恋 (書評家)

『代官山コールドケース』 (佐々木譲 著)


ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 この『制服捜査』の延長線上には第百四十二回直木賞受賞作にもなった連作集『廃墟に乞う』(二〇〇九年。文藝春秋→現・文春文庫)がある。主人公の仙道孝司はとある理由から精神を病んで休職中の警察官であり(この設定はタッカー・コウの生んだミッチ・トビンや、ローレンス・ブロックの創造したマット・スカダーなどの元警官探偵を連想させる)、彼が非公式な立場で刑事事件を解決に導くという私立探偵小説的なプロットを採用した作品だ。私立探偵小説には個人が自身の限界を知りながら社会問題とその歪みが生み出した悪に向き合うという側面があり、佐々木が個としてのヒーロー像を警察小説よりもさらに突き詰めた作品が同書なのである。

 同時に佐々木には、社会の動態を年代記形式で小説に書き留めるという作品群が存在する。ここでは詳説する余裕がないが、第二次世界大戦を描いた諸作、前述の『五稜郭残党伝』他の蝦夷地(えぞち)を舞台にした作品群などは、歴史の流れに抗(あらが)う個を描くというロマンティシズムと同時に、経過していく時間そのものを主題にした小説として読むこともできるだろう。こうした系譜に属するのが『警官の血』(二〇〇七年。新潮社→現・新潮文庫)だ。清二・民雄・和也と三代にわたって警察に奉職した安城家の男たちは、それぞれ駐在・公安・刑事と立場は異なるもののその職務を全(まっと)うする。こうした年代記形式の警察小説にはスチュアート・ウッズ『警察署長』(一九八一年。現・ハヤカワ文庫NV)という前例があるが、本書には戦後昭和から平成に至る現代史の流れを背景として描きつつ、その中心で一つの謎解きを展開していくという構造があり、先行作とは別種の柄(がら)の大きさを感じさせる。主人公の動向を描いていくことによって社会の各層をスケッチする全体小説を実現することもその企図にはあったはずだ。

 創作者としての佐々木の土台には、ミステリーというジャンルに限定されない、豊穣な作品群が存在する。先に挙げた〈マルティン・ベック〉シリーズは、ミステリーであると同時に、ストックホルムの十年間を描く都市小説でもあった。ジェイムズ・ミッチェナー『センテニアル 遙かなる西部』(一九七四年。河出書房新社)のような、都市を一個の生命体として描くような小説が一つの理想形として作者の中にあるのではないだろうか。おそらく『地層捜査』『代官山コールドケース』と続く水戸部裕シリーズは、巨大な都市の一隅を〈街〉として切り取り、事件発生から解決までの一続きの時間の中でその変化を記述するという性格がある。都市小説の書き手としての佐々木譲の特質が如実に現われた作品なのだ。

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文春文庫
代官山コールドケース
佐々木譲

定価:803円(税込)発売日:2015年12月04日

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