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昭和から平成へ――クロニクルとしての警察小説

昭和から平成へ――クロニクルとしての警察小説

文:杉江 松恋 (書評家)

『代官山コールドケース』 (佐々木譲 著)


ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 叙述といえば、『地層捜査』からの進化についても触れておきたい。基本的に水戸部の一視点で通されていた前作に対して、本作では複数視点が用いられている。水戸部以外にもう一人捜査の経過を眺める役割の人物が出てくるのだが、それは代官山女店員殺害事件という過去の事件(コールドケース)以外にもう一つ、現在進行中のホットな事件の捜査が描かれるためである。二つの捜査模様が交互に描かれるカットバックの手法が実に効果的に用いられている。ここで意識されているのはモンタージュの効果だろう。水戸部が見ていたものが読者の意識から消えないうちに場面は移り変わり、もう一人の視点人物が別の角度からそれに関する事物や光景を眺めるというように、カットの切り替えに意味が持たされている。単に作者の都合で場面転換が行われるのではなく、切り替えによって読者の脳裏に確固としたイメージが形成されるように意図されているのだ。その二つを結ぶブリッジとして、前作にも登場した警視庁科学捜査研究所の中島翔太の視点が採用されている。『地層捜査』では単なる変人としてしか描かれなかった中島の人間らしい一面が垣間見えるのも本作の嬉しいところだ。

 手がかりの開示の仕方、脇役たちの多面的な描き方など書きたいことはまだ無数にあるのだが、残念ながら字数が尽きた。最後に強調しておきたいのが、水戸部と新相棒である朝香千津子の関係である。朝香の階級は巡査部長で、捜査一課には配属されたばかり、性犯罪を担当することになっていたという。彼女はそうした事件の犠牲者になった人が身内におり、性犯罪者に対しては極めて強い憎悪の念を抱いている。

 男女のペアが協力して捜査に臨むというと、凡百の作家ならそこに恋愛感情を持ち込みたがるが、この二人にはそういうことは起きない。水戸部は妻帯者なのでそういうことが起きても困るのだが、とにかく起きない。二人は職務のために協力し、互いの立場を尊重し合うだけで、互いの人生には一切踏み込まない。朝香には小さい子供がいて保育園に送り迎えをする必要があるという説明があるのだが、水戸部がそのことについて干渉することもまったくない。この距離感が貴重なのだ。中には淡白だと感じる人もいるかもしれないが、性差などの立場の違いを一切意識せずに済む話運びは、現代の読者にはむしろおおいに歓迎されるはずだ。夾雑物など一切なく、ひたすら物語と、それが生み出す豊かな情景に集中できる。『代官山コールドケース』はそんな作品なのである。

文春文庫
代官山コールドケース
佐々木譲

定価:803円(税込)発売日:2015年12月04日

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