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特定秘密保護法の意味を考えさせる書

特定秘密保護法の意味を考えさせる書

文:山田 侑平 (元共同通信記者 人間総合科学大学名誉教授)

『FBI秘録 その誕生から今日まで 上下』(ティム・ワイナー 著 山田侑平 訳)


ジャンル : #ノンフィクション

 どんな歴史家にも「テロリズムとの戦いには勝ったが、市民的自由を犠牲にした」と書いてもらいたくない。著者ワイナーはモラー長官のこの言葉を引用しながら、原則が優位に立つ可能性に期待をつなぎつつ筆を擱いた。フーヴァーでさえ晩年にはニクソン大統領からの違法命令の執行を拒否したのである。だが望みをかけたモラー長官もスノーデン事件後の上院司法委員会で、米国民の国内通話記録を保存しておくNSAの秘密プログラムを廃止するのは捜査当局のテロ攻撃阻止の努力にブレーキをかけることになる、と警告した。原則がそのまま通るのは容易ではなさそうである。

 本書のかなりの部分はフーヴァーが主役になっている。大学を卒業して司法省へ入り、1921年に捜査局副長官、1924年から1972年に亡くなるまで半世紀近く長官を務めたことを考えれば当然ともいえるが、FBIとフーヴァーの相互作用はどちらがどちらを形成したのか分からないほど強烈で、興味深いものがある。著者のいうように、フーヴァーは情報が力であることを身をもって立証した。かれは盗聴や侵入によって得た秘密情報を大統領に提供することによってワシントンにおける究極の力(大統領の力は別として)を確保した。もちろん、捜査の目的がそこにあったわけではなく、フーヴァーは破壊的な思想信条が米国を脅かすと本気で信じて、国家の安全のためにそれを取り締まろうとしたに違いない。だがその副産物として、ジョン・ケネディが24歳で海軍にいたころドイツのスパイの容疑をかけられている既婚女性とホテルで密会していたこと、上院議員になってから妻の社交秘書と寝ていたことなどを知った。これは国家安全保障に関わる問題ではなかったし、フーヴァーがそれをちらつかせて脅したわけでもなかったが、ケネディ大統領がそれを知られていることを知っているという事実だけでフーヴァーの立場は強化され、安全になったのである。

 監視プログラムの目的が国家を守ることにあっても、独裁者や特定の集団の地位と利益を守ることにあっても、そこで得られる情報が支配者の強力な武器になることに変わりはない。そしてFBIの歴史が示すように、監視プログラムを仕切る国家機関がそれを利用して自分たちの利益を守り、強化するのは自然の成り行きだった。安全保障や高邁な理想を看板に掲げていても監視プログラムが、ジョージ・オーウェルの『1984』のような「ビッグブラザー」による監視国家に向かうこと、米国のように議会や法廷の抑制機能が強くはたらく国でさえも市民的自由と国民の安全とのバランスが厄介な問題になることを本書は教えてくれる。

 日本では、昨年成立した特定秘密保護法をめぐって、国民の知る権利が脅かされるのではないかといった懸念や反対が出ている。だがあまり論議されていないのは、スノーデンの告発で浮き彫りにされた「国家に監視されない権利」である。国際政治学者の藤原帰一は朝日新聞の「時事小言」(2013年11月19日夕刊)で「世界各国の政府によって電子メールや電話の内容が監視され、国民の個人情報が政府に筒抜けとなってしまう危険」を指摘し、「侵略やテロの防止が必要であるとしても、その目的を達成するためにどのような情報の獲得が許されるのか、個人情報の保護と安全保障の要請との間のバランスをどのように取ればよいのかという問題は残る。国家による情報収集と機密保護は、常に国民の私的自由、国家の干渉から私生活を守る権利との緊張関係に立つからだ」と述べている。この視点は本書を読む上での手引きでもあり、読んだあとのまとめだともいえるだろう。

(本稿は『FBI秘録 下』に掲載された『訳者解説』を要約したものです)

FBI秘録 上
ティム・ワイナー 著 山田侑平・訳

定価:1,800円+税 発売日:2014年02月17日

詳しい内容はこちら

FBI秘録 下
ティム・ワイナー 著 山田侑平・訳

定価:1,800円+税 発売日:2014年02月17日

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