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古川緑波、吉田健一、武田泰淳、赤瀬川原平ほか……食は惜しみなく恵む

古川緑波、吉田健一、武田泰淳、赤瀬川原平ほか……食は惜しみなく恵む

文:堀切 直人 (文芸評論家)

『もの食う話』 (文藝春秋 編)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #随筆・エッセイ

 考えられる限り最悪の生存状況にさらされた哀れな男に、このように「至上の幸福」を恵んでくれた「夢の世界の榮養」とは、一体いかなる内実を秘めているのか。思うに、それは幼児にとっての母親の乳汁のようなものではあるまいか。幼児は母の温かい乳を吸飲することで、成長に必要な滋養を摂取すると同時に、生きていくための自信や、他人あるいは現実への信頼の念をわがものとする。むろん、人は幼児期を卒業すると、それと一緒に母乳のほうも卒業する。しかしながら、大人になってからでも、私たちは無意識裡に母乳に相当するものを求めつづけずにおれない。とりわけ、何らかの事情で心身のバランスが崩れ、生きていくための自信を失いそうになると、母乳代理のものへの欲求はひとしお強まる。このとき、男性のファンタジーの働きはにわかに活発化し、そのファンタジーのなかに、女性の幻が忽然と浮び上がる。この女性は体内に「夢の世界の栄養」を貯蔵しており、その栄養を飢えや渇きに悩むみじめな男たちに惜しみなく贈与する。こうしたすこぶる気前のいい女性の幻は、大手拓次の「洋装した十六の娘」や萩原朔太郎の「雲雀料理」にみられるように、絶えず煩悩に苦しめられている心貧しき独身男たちにその柔らかく円っこい、「かんで食べたいやうな不思議なあまい食欲をそそる」肉体を捧げ、「愛餐」の席に招いて、彼らの荒んだ寒々しい心を温かいもので満たしてあげるのである。

 しかも、こういう女性はけっして幻のなかにのみ棲みついているというわけではない。武田泰淳の「もの食う女」は、現実にこの種の女性が実在することを証し立てて、不安に打ち震える独身男たちを勇気づけてくれる。この短篇小説はいわば同じ作者の「愛のかたち」という中篇小説の後日譚であり、両者を読みくらべると、「もの食う女」全篇にあふれている明るさが、暗夜の闇をバックにすることで、いっそう際立つだろう。「愛のかたち」のヒロインは不感症に悩み、情緒不安定で、いつも「食欲がないのよ」と訴え、「寿司を食べるとジンマシンをおこし、支那料理のあとで冷水をのむと腹痛にな」るような女性である。「愛のかたち」に克明に記録されているこのノイローゼ気味の女性との虚々実々の神経戦に疲れきった小説家は、彼女とあらゆる点で対蹠的なタイプの女性とたまたま知り合って、疲れを癒され、くつろぎをおぼえる。このもう一人の女性が「もの食う女」のヒロインなのである。

 このヒロインは驚くべき旺盛な食欲の持ち主で、自ら「食べることが一番うれしいわ。おいしいものを食べるのがわたし一番好きよ」と公言してはばからない。彼女は戦災で両親を失い、雨傘も買えないほど貧乏なのだから、けっして恵まれた境遇にあるのではないけれど、つねに率直で明朗である。それはおそらく彼女が、駄菓子のように安っぽくささやかなものでも、ものを食べることを子供のように真底、楽しむことができるからだ。しかも、それでいて彼女はむやみと貪欲というわけではなく、おそろしく気前がいい。実際、彼女の家への帰り道で、そこまで送ってきた、したたか酔っぱらった小説家が「オッパイに接吻したい!」と叫ぶと、彼女は一瞬のためらいもなく暗がりでぱっと胸を開き、乳首を彼の口に含ませるのである。彼女のこのあっけらかんとした素直さとあまりの大胆さに、読者は小説家とともにびっくり仰天し、しばし呆然とさせられるだろう。だが、考えてみれば、こうした包容力はどんな女性の胸裡にも多かれ少なかれひそんでいるはずであり、「もの食う女」の作者はこの神秘的な力の突如たる顕現を前にして、「ユリイカ!」という嘆声をあげたのだ。その嘆声は、私たちの口からもふと漏れ出るのをどうにも否みがたい。

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もの食う話
文藝春秋・編

定価:本体560円+税 発売日:2015年02月06日

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