6年ほど前、ぼくは家をなくした。
デイトレードにハマッて全財産を失い、その頃借りていた家の家賃が払えなくなったのである。全財産とは言っても、もともと貧乏なので数100万だが、それにしても厳しい。仕方なく、都内の友人宅を転々としながら原稿を書いて糊口を凌いだ。こういうとき文筆業というのは便利だ。なにせパソコン1台あれば事足りるのだ。しかしぼくはその頃、スランプに陥っていた。小さなコラムなどは書けるものの、小説はまったく書けず、必然的に収入はわずか。うーん、このままでは路上生活まであと1歩だな……まあいいか夏だし。
なんてことを考えていたある日。知り合いの知り合い(ほぼ赤の他人)のつてでシェアハウスを紹介された。行ってみると陽当たり良好4畳半の部屋。さっそく次の日から住むことにした。かなり居心地が良かったので、しばらく腰を落ち着けて仕事をしていたら、生活も改善され、いつのまにやらなんとかなっていた。そう、今まさにこうして原稿を書いているのが、そのシェアハウスの1室である。最初の住人たちは、全員すでに入れ替わり、現在ぼくがこの家の管理人だ。
シェアハウス=オシャレ、便利、友達と大きな家に住めて、しかも安い。なんていうのは幻想だ。狭くて汚くて安い。それがリアルなシェアハウスである。実際この家に住んでいた人たちは、みんな経済的な問題でやってきた。格差社会、デフレ、収入の低下、ここ数年の社会状況はぼくが家をなくした頃から変わっていない。むしろ問題はどんどんひどくなっている。みんなの平均収入が減ってるのに家賃が下がらないならそりゃ大変だ。できれば家なんか借りずに生きたい……と、考えていた矢先、「非定住」がテーマの小説を書いているので、ぼくの家を取材をしたいという同業者があらわれた。それが新城カズマさんだった。わけもわからず2つ返事で取材(という名の雑談)を受け、しばらくして完成したのがこの『tokyo404』だった。移動する都市というモチーフなら、古くはヴェルヌの『動く人工島』。レールを移動する都市が出てくるクリストファー・プリーストの『逆転世界』。蒸気エンジンで動く巨大都市を描くフィリップ・リーヴの『移動都市』。一番有名なところでは「超時空要塞マクロス」など、そう珍しくないが、本作は都市のなかの「非定住」というテーマをめぐる7つの物語である。
1話目は大学生たちのシェアハウスをめぐる物語。これに我が家の取材が活かされている。ふむふむ……さすがにベテラン作家。取材感を見せず、雰囲気はちゃんと掴んでいる。なるほど、こういうふうにオムニバスで続いていくのだな、と思っていたら2話目でいきなり驚いた。作者が出てくるのだ。新城カズマが取材相手の女性に同行しながら、家出少女連盟というふしぎな秘密結社にせまっていく。これは現実か虚構か。3話目も変則的で、「空想でつくられた男」の話。4話目はまたもや新城さんが登場。家を捨てキャンピングカーに住んでいる絵本作家に取材しているうちに謎の場所に迷い込む。5話目、6話目、最終話を読み終える。なるほど、これはとてもヘンな物語だ。都市論であり、物語論でもあり、「人は場所に縛られずに生きられるのか?」という思考実験でもある。
最近ノマドというのがバズワードになった。遊牧民という意味で、オフィスを持たずいろいろなところで仕事をするフリーランスのことだ。熊本に新政府を作った坂口恭平というアーティストの移動する家「モバイルハウス」なんていうものもある。バーチャルの世界に目を向ければ様々なクラウド技術が現れ、ネットさえあればどこにいてもオフィスの情報が共有できる。これらには「場所に縛られたくない」という思想が通底している。
旅を住処とす、という生き方は魅力的だが、それは本当に可能なのだろうか? 人類史上もっとも長い泥沼の紛争は、そもそも土地を奪われたことからはじまっているのではなかったか。リアルの世界では土地や場所は、まだまだ大きな力と魅力を持っている。とあるネットゲームの開発者によると、ゲーム内でも日本人と韓国人の土地に対する執着は異常だときいたことがある(不思議だ……)。
自由を欲しながら安定を求める。非定住という夢を見ながら、定住してしまう。この小説に描かれているのは、それがなぜなのかを探る作者そのものだ。かつてイタロ・カルヴィーノが書いた『見えない都市』は、読むことで都市が立体的に浮かび上がる仕掛けになっていたが、この小説もまた、読むことによってテーマを体験できる小説だ。物語によって、人は場所に縛られながらも、冒険に出ることができる。それを改めて教えてくれる作品だ。
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