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「愚」によって救われていく人生

「愚」によって救われていく人生

文:山折 哲雄 (宗教学者)

『愚の力』 (大谷光真 著)


ジャンル : #趣味・実用

 後半になって、親鸞の人生が簡潔にたどられていく。親鸞についての研究の蓄積は大変な量にのぼっている。解釈や分析も多岐にわたって単純な概括をゆるさない。著者はその迷路の森を目くばりよく展望し、わかりやすい道筋をつくって分け入っていく。

 そのなかで読者の関心をひきつける話題が、やはり親鸞における「妻帯」と「悪」の問題を考察している場面ではないだろうか。親鸞という宗教家にとって、それが人生における重大事であったことはいうまでもないが、同時にそれは、今日われわれの社会にとっても、避けて通ることのできない切実な課題となっているからである。現代家族の変容と崩壊現象について、妻帯者・親鸞ならば何と答えるか。またオウム真理教のテロ事件にみられる「人間悪」について、親鸞の人生はどのような解答を用意し、示唆を与えているのか。

 そのような難問にたいして、著者もまた言葉をつくして考えよう、応えようとしている。何とかふつうの言葉で、わかりやすく語りかけるような表現で説明しようとしている。そのため当然のことであるが、ときに言葉に窮し、口ごもることがないではない。

 そのような難渋をきわめる思考のくり返しを重ねて、著者が最後のよりどころにするのが、宗教者としてどう生きるかという、おのれにつきつけた原点回帰の姿勢であり、それが読んでいて印象にのこる。たとえば戦争などにふれて、つぎのように発言している個所がでてくる。時代の動きのなかで、われわれはよく「仕方がなかった」とか「そのときにおいては正しかった」といい逃れる。やったことは間違っていたが、理念は正しかったなどと弁解する。しかしそのようないい訳をする自分を否定するのが、そもそも仏教ではないか。それが間違っていたら、私が間違った、私が悪かった、といわなければならないのだといって、つぎのようにつづけている。

「この一点が過去と同時に未来を変えるのです。宗教は過去と未来をごまかさずに生きていくための力となるのです。過去から逃げる未来と、逃げない未来があるのです」

 いさぎよい覚悟であるといっていいだろう。その覚悟を支えるものが、わが身を恥じる「慚愧(ざんき)」の生き方であるといって、親鸞聖人追慕の姿勢を明らかにしているのである。「愚者」になるための関門がそこに開かれている。「愚の力」によって救われていく人生の輪郭が、そこからくっきり浮かび上ってくるのである。

愚の力
大谷 光真・著

定価:819円(税込) 発売日:2009年10月20日

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