2013.09.12 書評

右翼と左翼に重なる苦悩

文: 中島 岳志 (北海道大学准教授)

『血盟団事件』 (中島岳志 著)

 血盟団事件――1932(昭和7)年に起こった連続テロ事件で、井上準之助前蔵相、団琢磨三井合名理事長が、次々と暗殺された事件です。

 私が、この血盟団事件というテーマに出会ったのは、1995年、20歳の頃でした。ちょうどバブルがはじけた直後で、「これから世の中はどうなるのだろう」という漠然とした不安を感じ始めていた時期のことです。

 大学に入ったばかりの私は、『日本浪曼派批判序説』などの著作で知られる評論家の橋川文三を読み漁っていました。最も興味をそそられたのは、『昭和維新試論』などの近代日本思想それも右翼とカテゴライズされるものでした。

 その中で、橋川はある重要な指摘をしていました。国家を超えたイデオロギーを求めて活動した右翼と共産主義を掲げた左翼は元は同じような人々なのではないかというものです。その根底には時代に取り残された青年たちの苦悩(煩悶)があるとしていました。時代が安定期に入ったからこそ生まれた若者たちの悩み……。彼らの苦悩は、高度成長を終えた後に生きている自分自身の姿と重なるのではないかと思ったのです。

 昭和の煩悶青年たちは結果としてテロリズムなどの暴力活動に加担し、歴史に名を刻みました。これらの著作を読んでいる最中、私より上の世代は地下鉄サリン事件を引き起こしました。青年たちの煩悶はテロリズムを中心とする暴力につながる――。この問題は、歴史の中の出来事ではなく、非常にアクチュアルなテーマだと考えるようになっていったのです。

 昭和史のテロリズムの中でも、血盟団事件は異彩を放っていました。血盟団という名前から、伝わるおどろおどろしさと指導者だった井上日召という人物。そして、茨城の大洗という町の青年たち――。興味は湧くものの橋川の著作では、事件の全貌はつかめませんでした。いつか、この事件の頃を本格的に調べてみたいと思ったことを覚えています。

 実際に執筆を考えたのは、2008年に起こった秋葉原事件がきっかけです。犯人の加藤智大は、自らの煩悶のはけ口を暴力という形で表したのです。加藤については『秋葉原事件』と、同じく煩悶の末に安田財閥の安田善次郎を暗殺した朝日平吾を扱った『朝日平吾の鬱屈』を書きました。

 この事件の前後、日本では貧困が大きな社会問題になっていました。特に同年の12月には「年越し派遣村」は大きな話題になりました。貧困や格差など成長期の日本では、顕在化しなかった問題が注目されたときに、血盟団事件の若者たちの煩悶が重なります。彼らもまた貧困と格差、世の中の矛盾に悩み苦しんでいたのです。

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血盟団事件
中島岳志・著

定価:2205円(税込) 発売日:2013年08月07日

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