2014.06.16 文春写真館

笠智衆
「その他大勢」から「日本の父親」へ

文・写真: 「文藝春秋」写真資料部

笠智衆<br />「その他大勢」から「日本の父親」へ

〈『東京物語』('53)の時に、私はまだ五十になってなくて、四十八か九だったと思います。それで役の年が七十二の役です。それから奥さんになる東山千栄子さんが、ちょうどご自分の年が六十五で、役の年がまた六十五だった。/それで傍に一緒に出てると、キャメラのファインダーを覗いてる小津先生が「うん、老けてないぞ、笠さん、老けてない」って言われるんですよ〉(「オール讀物」昭和六十三年=一九八八年二月号)

 俳優・笠智衆は、『晩春』『麦秋』をはじめとする小津安二郎監督の作品や、山田洋次監督の「男はつらいよ」シリーズなどに出演し、寡黙だが誠実な「日本の父親」を象徴する存在として、広く親しまれた。

 明治三十七年(一九〇四年)、熊本県玉名郡の浄土真宗・来照寺に生まれる。十六代目として住職を継ぐことを期待されていたが、東洋大学印度哲学科在学中に松竹蒲田撮影所で映画俳優となる。

 「その他大勢」を演じる役者がたむろする大部屋で十年あまり暮らしたのち、小津に見いだされ、昭和十七年、『父ありき』で主役の老中学教師役に抜擢された。笠は小津の思い出を、聞き手の映画評論家・品田雄吉にこう語る。

〈厳しかったですねえ。やっぱり自分の考えているところまで行かなかったらば、そこまでずーっとやらせるんですよね。自分じゃ、もうどこが悪いんだか、ぜんぜん分からん。/だからもう、下手な鉄砲も数撃ちゃ当るだろうってんで、何度もやってりゃOKが出るかもしれんという、そんなつもりでね〉(同前)

 写真はこのインタビューの際、大船の自宅で撮影された。

 木下恵介、黒澤明、稲垣浩、岡本喜八、若くは森田芳光、ヴィム・ヴェンダースなど、多くの監督に請われ、出演した映画は六十年余の俳優生活で三百本を越える。最後の出演作は『男はつらいよ 寅次郎の青春』。

 平成五年(一九九三年)三月十六日、永眠。享年八十八。昭和三十八年に早逝した小津のことを終生、「先生」と呼び続けたが、二人の生年月日は、わずか五ヶ月ほどの差しかない。

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