2009.08.20 書評

戦後日本が最も“奇妙”だった時代

文: 鴨下 信一 (演出家・TBSテレビ相談役)

『ユリ・ゲラーがやってきた』 (鴨下信一 著)

   人間、運のいいのと悪いのとがあるように、時代にも運の良し悪しがあって、後世にとりあげられる割合がずいぶん違ってくる。

   悪いほうの代表は北条氏執権期の「鎌倉時代」、次いで足利氏将軍職期の「室町時代」だろうか。直前の源平期や直後の戦国時代があれほどさまざま書かれているのに、フィクションもノンフィクションもめったに題材にしない。「元寇」というほとんど唯一の外敵侵入や「下剋上」の天下争乱があって、絶好の時代だと思うけれど、どうも人気がない。

「戦後」にしてもそうで、昭和30年代は東京タワーをシンボルマークに日本が〈幸福だった時代〉の評価が定着しそうだし、終戦直後の混乱期はまた、多くの〈個人史〉が発表されて本の数も多い。

   ここでは昭和20年代の後半「朝鮮戦争」に始まる時期が〈穴〉で、続いて昭和40年代、引き続いてのバブル全盛期が〈書かれてない時代〉だ。

「誰も『戦後』を覚えていない」のシリーズを文春新書で三冊出す機会に恵まれて、昭和30年代まではカバー出来た。さて40年代にとりかかってみると、これが以前にくらべてとても奇妙だった。

   ぼくたちの〈この時代の記憶には錯誤が多い〉――自分だけかと思っていたら、周囲の大部分がそうだった。例えば「田中角栄が総理大臣だったのは、たった2年と数カ月だ」と言うと、皆けげんな顔をする。もっと長期にわたって首相の座にあったような気がしているのだ。

   辞任してすぐ「ロッキード事件」で逮捕された、あるいは逮捕されたので首相を辞めたというのも誤った記憶で、辞任して一年と少したった時、米上院の公聴会でロッキード社の国外への巨額の工作資金が問題化し、約半年後があの逮捕劇なのだ。

   角栄失脚の4カ月前が、ウオーターゲート事件での「ニクソン失脚」で、というとまた記憶が混乱してくる。何しろこの年代は同種の事件が続発するのだ。

   飛行機の大事故が4件、昭和41年に立て続けに起る(2・4ANA機羽田空港着陸時墜落133人死亡、一月後の3・4カナダ航空DC8羽田空港防潮堤激突64人死亡、なんと翌日、BOAC機富士山付近で空中分解124人死亡、11・13YS11松山沖墜落50人死亡)。一年間でこんなに起るなんて、信じられない。

   信じられないだろうが、この同じ41年のうちにベトナム戦争はハノイ・ハイフォンの爆撃で本格化し、紅衛兵百万人大集会で文革は中国全土に広まったのだ。

ユリ・ゲラーがやってきた
鴨下 信一・著

定価:851円(税込) 発売日:2009年08月20日

詳しい内容はこちら