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公開座談会<br />角田光代×奥泉光×鵜飼哲夫「芥川賞、この選評がおもしろい」

公開座談会
角田光代×奥泉光×鵜飼哲夫「芥川賞、この選評がおもしろい」

第150回記念芥川賞&直木賞FESTIVAL


ジャンル : #小説

【第8回】初めて女性作家が受賞する

〈受賞作〉中里恒子『乗合馬車』その他

〈候補作〉北原武夫『妻』/吉川江子『お帳場日誌』(外村繁『草筏』は池谷信三郎賞受賞作として最終候補から除外) 昭和14年2月12日、第2回委員会で受賞作決定

角田光代かくたみつよ 1967年神奈川県生まれ。90年『幸福な遊戯』で海燕新人文学賞、2005年『対岸の彼女』で直木賞、14年『私のなかの彼女』で河合隼雄物語賞など、数々の文学賞を受賞。現在、川端康成賞、山本周五郎賞、文學界新人賞、すばる文学賞、小説現代長編新人賞などの選考委員をつとめる。最新作は『平凡』。

鵜飼 次にご紹介したいのは、第8回。中里恒子が『乗合馬車』で、初めて女性作家として受賞します。戦前の選考会は20回ありましたが、女性の受賞者は中里さんと芝木好子の2人だけ。戦後も、第21回に由起しげ子が取ってから河野多惠子さんまで受賞がない。圧倒的に男性優位でした。それが、2004年の第130回からこの10年では、女性13人、男性9人。すっかり女性の時代になりました。

角田 第1回から選評を続けて読んでくると、女性が物を書くことの意味が時代とともに変化していくのがよくわかります。中里さんへの選評に〈女性らしい繊細な心持が美しく見事に描かれて〉(瀧井孝作)とあって、「女性らしく」とか、「女性だから」っていう言い方が出てきます。でも、5年、10年経つと、「女性だから」と書く作家はほとんどいなくなる。そのことが、とてもおもしろかったです。

鵜飼 選考委員も、昭和62年に河野多惠子さんと大庭みな子さんが加わるまで女性はゼロでした。今は9人中4人が女性です。

奥泉 今では選考の場で男性・女性ということが議論になることはありませんね。僕も性別のことは一切考えません。角田さんも、考えないでしょ?

角田 はい。それに、書き手の名前からは、男性か女性かわからないこともありますし。

鵜飼 ところが、この第8回では、佐藤春夫が中里恒子の受賞にこんな表現で反対しているんです。

〈言わばお嬢さんの水彩画の出来のいいのを買わないかと言われたような心持であった。〉

奥泉 今、こんなこと書いたら、すごく怒られるでしょうね。

角田 事件になりますね、間違いなく。

 

芥川賞委員が直木賞も兼任していた!

【第9回直木賞】該当作品なし
【第10回直木賞】該当作品なし
【第11回芥川賞】なし(高木卓、受賞を辞退する)

鵜飼 今では忘れられた歴史ですが、戦前、芥川賞委員が直木賞も読んでいたことがありました。第10回から第12回までです。

奥泉 なぜかというと、直木賞の選考委員がちゃんとやってくれないから。

角田 今では考えられませんよねえ。

奥泉 みんな忙しくて、選考会には来ないし、選評も書いてくれない。すみませんけど、芥川賞の選考委員の皆さん、やってくれませんかって頼んだ、という経緯が、第9回直木賞の選評に書かれています。

鵜飼 たまには、そういうことをやってみたらおもしろいのでは?

奥泉 え、今? うーん、どうでしょうかねえ(笑)。

鵜飼 今の選考委員は、皆さんほんとうに真剣に、何度も候補作を読み直して選考しておられますが、昔の選評には「実は僕、忙しくて読んでなかった」というのも多かった。

奥泉 だけど、通して読むと、けっこう真面目にやってきたんだなっていう印象のほうが強いですよ。今は、選考委員は最終選考に残った5、6作を読んで選考するだけだけれど、初めのころは、宇野浩二などが膨大な作品の中から20作ぐらいを選ぶ、予備選考もやっていた。下読みから選考委員がやっていた時代があったんですね。

鵜飼 第8回の選評で、宇野さんが当時の選考方法を書いています。まず日本文学振興会が広くアンケートを取り、46人の作家の49篇の作品が挙がった。その中には、戯曲家2人、評論家2人、長篇小説が10篇、短篇集が6冊あった。評伝も随筆集も戯曲もあった。これを宇野浩二と瀧井孝作と川端康成が読んで、「芥川賞の候補の資格」に当てはまる16人の18篇を選ぶ。そこで選考委員が集まって、第1回の選考会をやり、3人の4篇に絞りこむ。次に第2回選考会をやって、中里さんが受賞……と、こんな大変なことを作家がやっていたんです。

奥泉 そのわりには、とてもしっかり議論をしている。昔はいい加減にやってたんじゃないか、と疑っていたけど、全然そんなことなかった。

角田 私も、自分が選考されているときは、偉い先生方が喧々囂々、「こんなのダメだよねー」とか適当に落とすんだろうな、と思ってました(笑)。自分が選考する立場になると、キャリアのある作家の作品がノミネートされる山本賞や川端賞でも、公募の新人賞でも、ものすごく一生懸命関わらざるを得なくなる。芥川賞も、第1回からいかに真摯に、真剣に、選考委員たちが議論しているかが、生々しく伝わってきました。選評も長くて、力作ぞろいです。選考をするということは、書くこととはまたべつの角度から、「小説とは何か」を突き詰めることになるのだなと実感しますね。

奥泉 おもしろいのは、第1回の選評で、佐佐木茂索という菊池寛の下で文藝春秋の経営にも加わった作家が、選考が終わってみたら〈委員の誰一人として石川達三氏に一面識だもなかった事は、何か浄らかな感じがした〉って書いているんですよ。逆に言うと、情実が絡んだりするんじゃないか、という周囲の視線を気にしている(笑)。

鵜飼 そんなに一生懸命選んでいるのに、第11回で、芥川賞の歴史で唯一の辞退者が出ます。高木卓が、僕、要らないよと言った。信じられますか、要らないなんていう人がいるなんて。

奥泉 でも、現にいたわけですよね(笑)。当時は、あなたの作品を芥川賞の候補にします、と事前に伝えていなかったんでしょうね。現在は、「候補にしていいですか」って連絡がきます。その段階で断っている人もいるんじゃないかな。

角田 いますよ。この賞とはもう関わらないって宣言している方もいます。

鵜飼 ちなみに、受賞すると「日本文学振興会です」、落ちたときは「文藝春秋の○○です」って電話がかかってくるそうですね。

角田 はい、それは、伝説みたいになっていて。電話に出て、もしもしと言うのが知ってる編集者の声だと「あ、落ちた」、知らないおじさんの声だと「受かった、やった」。第一声でわかるよって聞かされていました。そして実際、その通りでした。

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