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歴史を動かした無名の女たち

歴史を動かした無名の女たち

「本の話」編集部

『孫文の女』 (西木正明 著)

出典 : #本の話
ジャンル : #ノンフィクション

保阪 やっぱりセックスというのは、当時、国境を越えていく強さと悲しさを同時に持っていたというか。まあ、本書の女性がそれを見事に示していますねえ。

西木 そうですね。普段われわれはちょっと恥ずかしくて見ないふりをしたりしますが、食欲と並ぶ大きな本能ですから。

保阪 むしろそうやって女の人のほうこそ、歴史に参画したわけですよね。

西木 ええ、実にね。それを狙って書いたわけなんで。

保阪 だから面白かったんですよ。お菊さんなんて、あの人だったらどんな男にも惚れられるだろうなと思いました。並外れた度胸をもつ女性だし、人を使うのもうまかったでしょうし。

西木 そう思います。カオシャンという馬賊の団体の中で、亭主の孫花亭に代わって女頭目と言われたぐらいですから。

保阪 ところで、この四篇の中では、どの女性が一番書きやすかったですか。

西木 そうですねえ……。田中イトですかね。自分の運命に否応なしに従わざるを得ないというかね、絶対にもう帰れない日本のために、意図しないこととはいいながら、好きでもない交戦国の無数の男と寝たわけですけど。途中から割り切ったのでしょうが、ふと自分は日本の女だと立ち返ったときのどうしようもない思いというのはね。

保阪 このような、歴史の中にふっと垣間見えるけど、あまり正史には書かれないようなことを、意図的にこれからも書き続けられるのですか。

西木 物書きになったときの志みたいなものがそのあたりにあるんです。歴史には表の歴史もあるけど、裏の歴史もある。歴史に残る人というのは、それこそ「一将功成って万骨枯る」じゃないけども、一将のことは皆さんちゃんと覚えているんですけどね。枯れた万骨の中に実は歴史を動かすことに加担した人がいるはずだと。それを見つけて書こうというのが、物書きになった大きな動機なんです。

保阪 西木さんは百何カ国とかあちこち行かれているから、臨場感というか、外国の場所の説明がすごくリアルですね。

西木 やっぱり読者の目の前に映像が浮かんでくるような書き方をしなきゃ、と思ってます。満州のお菊の話でも、冒頭で凍ったアムール川を通っていて、案山子(かかし)が出てくるシーンがあります。国境を警備する兵士のダミーなんですが、僕がそれを目撃したのは五、六年前のことですけれども、聞いてみたら、昔からやっているんだと。

保阪 ほう、そうなんですか。ところでこの本はどんな人に読んでもらいたいですか。

西木 たぶん喜んで読んでくださるのは、近現代史に興味のある、ある程度年齢の行った方だと思うんですよね。ほんとは、三十歳以下の若い人にも、それにできれば女性にも読んでもらいたいです。

保阪 そうですよね。僕も女の人が読むべきだと思いました。

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孫文の女
西木正明・著

定価:本体705円+税 発売日:2008年02月08日

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