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今時の若者を小説で読もう!親世代にお勧めの5+5冊

今時の若者を小説で読もう!親世代にお勧めの5+5冊

文:大矢 博子


ジャンル : #小説 ,#エンタメ・ミステリ

『ロスジェネの逆襲』 (池井戸潤 著)

 1994年から2004年という就職氷河期に世に出た若者たちを、「失われた10年」にかけて「ロスト・ジェネレーション」略してロスジェネ世代と呼ぶ。池井戸潤『ロスジェネの逆襲』(文春文庫)は、お馴染み半沢直樹シリーズ第3弾。子会社の証券会社に出向になった半沢の活躍を描いた作品だが、半沢の下につくのがロスジェネ世代の森山だ。

 半沢はシリーズ前作『オレたちバブル入行組』『オレたち花のバブル組』(ともに文春文庫)のタイトル通り、バブル世代である。ロスジェネ世代とバブル世代の考え方の違いが、本書の大きなテーマだ。森山の思いや言葉にグサグサくるバブル世代・団塊の世代は多いはず。

「『泡』と形容されるほど、奇妙な時代を作り上げ、崩壊させたのは誰なのか?/その張本人は特定できないが、少なくとも森山たちの世代ではない。なのに、満足な就職もできずに、割を食っているのは自分たちなのだ」

「バブル世代は、自分を守ってくれるのは会社だと思い込んでいるかも知れない。/しかし、森山らロスジェネ世代にとって、自分を守ってくれるのは自分でしかあり得ない」

「バブル世代は余裕なんじゃないですか。(中略)チョー楽な就職をして、なんの特技もないのに一流企業で余裕ぶっこいてるというか」

 痛い痛い耳が痛い。そんな森山に半沢が何を語るかが本書の白眉。構図としてはバブル世代vs.ロスジェネ世代ということになっているが、真骨頂はそんな世代論の無意味さを説くくだりにある。その2世代だけではなく、すべての世代の人にも読んでほしい一冊だ。

【比べて読みたい「あの頃の若者」小説】

『オレたちバブル入行組』 (池井戸潤 著)

池井戸潤『オレたちバブル入行組』(文春文庫)

 80年代、就活は圧倒的な売り手市場、内定を出した学生は囲い込む。その結果入った銀行は生き馬の目を抜く世界だった。会社と人生がほぼイコールの男たちを描いて大ヒットした企業小説。

    ◇    ◇

『ポトスライムの舟』 (津村記久子 著)

 一方、入社したはいいが続けられないという若者も確実に存在する。津村記久子ポトライムの舟』(講談社文庫)の表題作の主人公は、就職氷河期に入社した会社でモラハラに遭い、働くのが怖くなってしまったという経験を持つ29歳の女性。また、同時収録の中編「十二月の窓辺」は、パワハラに追い詰められていく女性が主人公だ。

 かつて、会社や学校を辞めることは「脱落」であり、「負けるな」「戦え」と言われてきた。しかし今は「死んだり病んだりする前に逃げろ」と言われる時代になった。選択を間違ったと思ったら、やり直せばいいのだと。それは決して「脱落」ではない、むしろ前進だということが本書を読むとよくわかる。

 個人的なお勧めは、「十二月の窓辺」を先に読んで、それから表題作に移るという順序。パワハラで潰れかけた女性が新たな道を選んで終わる「十二月の窓辺」から、モラハラから少しずつ立ち直って薄給ながら居心地のいい職場で働く「ポトスライムの舟」へ、という流れだ。ふっと気持ちが楽になるだろう。自分の幸せは、自分で決めていいのだと。

【比べて読みたい「あの頃の若者」小説】

『小さい心の旅』 (関英雄 著)

関英雄『小さい心の旅』(偕成社・絶版)

 大正時代、小学校を卒業して就職した主人公は、どんな仕事も長続きせず、職を転々としては脱走を繰り返す。大正から昭和初期の世相を描くとともに、幼いなりに社会への違和感を感じ続け、のちに童話作家となった著者の自伝的小説。

    ◇    ◇

『コンビニ人間』 (村田沙耶香 著)

 自分の幸せは自分で決める、というのは村田沙耶香『コンビニ人間』(文藝春秋)にも共通したテーマだ。幼い頃から周囲の考え方に馴染めず、常に周りから浮いていたヒロインは、学生時代に始めたコンビニのバイトで「私は、初めて、世界の部品になることができたのだった。私は、今、自分が生まれたと思った」と感じる。コンビニは彼女が初めて見つけた、心地よくいられる場所だった。

 しかしそのまま30代になってもコンビニのバイトを続けるヒロインを、周囲はおかしいと断じる。世間の考える「普通」に、ヒロインを押し込めようとする。本人が充足しているのに、それを周囲が認めないという、なんともおかしな構図がここにある。「普通」は「幸せ」より優先されるべきものなのだろうか?

【比べて読みたい「あの頃の若者」小説】

『あおむけで走る馬』 (新井千裕 著)

新井千裕『あおむけで走る馬』(中公文庫)

 図形にこだわるケイ。高いところに登りたがる弟。水にこだわる女。他人との距離をつかむのが下手な3人が、ぎこちなくも道を探す様子を透明感たっぷりに描く。97年刊の『逆さ馬のメリーゴーラウンド』を改訂。

    ◇    ◇

 人は、「時代が違う」と頭ではわかっていても、どうしても自分の経験を基準に考えてしまう。だから、自分たちにできたことがなぜ彼らにできないのかと半ば本気で首を捻る。その理由を知るのにこれらの小説はうってつけだ。

 だがどれも、「だから仕方ない」で終わっているわけではないことに注目。登場人物たちは試行錯誤しながらも、そんな時代を泳いでいる。これらはいずれも、同世代の作者からの、あるいは先輩から若者に向けての、エールなのだ。どれもラストは希望に満ちている。若者の未来もそうであってほしい。これからは、彼らの時代なのだから。

ロスジェネの逆襲
池井戸潤・著

定価:本体700円+税 発売日:2015年09月02日

詳しい内容はこちら
大矢博子さんによる『ロスジェネの逆襲』読書会(週刊文春WEB)

コンビニ人間
村田沙耶香・著

定価:本体1,300円+税 発売日:2016年07月27日

詳しい内容はこちら

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