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『ハイスピード』解説

『ハイスピード』解説

文:文春文庫編集部

『ハイスピード!』 (サイモン・カーニック 著/佐藤耕士 訳)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 IRAはイギリスからの完全独立を指向する組織であるため、ロンドンもIRAのテロの標的となり、代表的なものに、クリスマス前の買い物シーズンに百貨店「ハロッズ」が爆破され、死傷者を出した一九八三年の事件があります。こうした激烈な対立は、一九九八年にイギリスとアイルランドのあいだで結ばれた「ベルファスト合意」によって、一応の政治決着がついたとされています。本書で主人公のタイラーが北アイルランドで遭遇する凄惨な事件が起きたのは一九九六年。「ベルファスト合意」以前のできごとです。――とはいえ、合意に反対する勢力も存在するため、いまもなお北アイルランド問題は収束してはいません。

 テロリズムと憎悪の連鎖。個人の尊厳と国家の統制。そういった簡単に白黒のつけられない問題が横たわっているせいでしょう、IRAに材をとった物語は少なくありません。幼少時に北アイルランドのベルファストに住んでいたイギリス作家ジャック・ヒギンズは、代表作『鷲は舞い降りた』『死にゆく者への祈り』など、多くの作品でIRAのメンバーを主要登場人物にしています。近年では、北アイルランド出身のスチュアート・ネヴィルの『ベルファストの12人の亡霊』や、日本の月村了衛の『機龍警察 自爆条項』が、IRAを正面から扱ったミステリとして挙げられます。


 さきほども触れたように、サイモン・カーニックは、本書ののちも精力的に作品を発表しています。『ノンストップ!』の巻末解説で述べられているように、カーニックのサスペンスは、ゆるやかに連関したシリーズをかたちづくっており、本書でも、『ノンストップ!』に登場した刑事コンビ、マイク・ボルトと相棒のモー・カーンが渋い活躍をみせています。

 誘拐ものの第七作Deadlineではボルトが主役格で、『ノンストップ!』に登場したクールなヒロイン、ティナ・ボイドも姿をみせます。第九作The Last 10 Secondsでは、シリアル・キラーの逮捕で解決したはずの連続殺人が巨大な犯罪の一ピースであることをティナ・ボイドが見抜き、マニラが舞台の第十作The Paybackでは第一作『殺す警官』の主人公の殺し屋刑事デニス・ミルンがボイドと共演。ボイドは、ロンドンでのテロを扱った第十一作The Siege(巨大ホテル籠城)と第十二作Ultimatum(無差別爆破テロ)にも登場しています。ボルトとカーンのコンビも、最新長編Stay Aliveで活躍しているようです。

 重厚長大化をつづける海外サスペンス/スリラーには、登場人物たちに「文学的」な深みを与えようとしてバランスを崩し、序盤に眠たい描写が連続する作品も目立ちます。しかしカーニックは前置き抜きでアクセルを踏み込み、毎回異なった趣向を準備したうえで、退屈するひまのない三時間の冒険に連れ出してくれるのです。

 本書が『ノンストップ!』同様の好評を得て、カーニックのアドレナリン噴射サスペンスをみたびお届けできることを祈ります。

ハイスピード!
サイモン・カーニック・著 佐藤耕士・訳

定価:750円+税 発売日:2014年05月09日

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