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第四回

第四回

島田 雅彦

無二の親友、由里と出会う

親友と交わした契約

 ある日、私は由里に自分の家庭事情のことを告白しました。父が母と私を友人に売り、自分は何処かに行方をくらましたこと。父の友人は花岡クリニックの院長で、母と夜毎、情を交わしていること。自分の養父になった花岡は近頃、私を見る目がいやらしくなったこと、などを話しました。由里がどんな反応をするか、知りたかったのです。

――その花岡という人は親子丼を狙っているんだと思う。 「親子丼ってどういう意味」と訊ねると、「母と娘の両方をいただくこと」と彼女は説明します。私は顔を赤らめ、「それは困る」といいました。

――あなたの養父は小児科でしょ。小児科の医者はたいてい、『不思議の国のアリス』の作者と同じ趣味なのよ。

――つまり、どういうこと?

――少女が好きっていうこと。本命はお母さんじゃなくて、千春なんじゃないのかな。

――嘘でしょ。年が離れ過ぎている。

――年の差なんて関係ない。あたしの伯父さんは三十も年下の女の人と再婚した。千春はその人といくつ離れているの?

――二十五歳。

――その人、カッコいいの?

――パパよりは若く見える。ママはパパよりもハンサムだっていってる。

――じゃあ、できるじゃん。血はつながっていないから、近親相姦にもならないし。

 長生きできないと自覚しているがゆえに、成熟を急ごうとしていたのか、大人の営みを斜に構えて見る由里は、若い「いじわる婆さん」のようでした。同級生は誰も由里の話にはついていけなかったでしょう。私は彼女のコトバの真意を何処まで理解できていたか、心もとなかったのですが、由里はこんなコトバを漏らしたことがあります。

甲田由里 千春の親友。難病を患うため、自分に不可能な“女の人生”を千春に託す
「あたしは千春の舌になる。千春はあたしの血になって」

――男はあなたのことを放っておかない。私は千春のように美人じゃないから、もてない。誰かに愛されたとしても、セックスをしたら、血が止まらなくなって、死んでしまうかもしれない。だから、千春はあたしの分まで恋をして。

――あなたの分も? 忙しそうね。

――そうすれば、あたしはあなたに憑依して、恋する楽しみを味わえる。いい?

 私は「頑張ってみる」と答えました。由里はきっと読書を通じて学んだ恋の手管を惜しみなく、私に授けてくれるでしょう。私は由里の身代わりになって、快楽を貪ったり、苦痛を味わったりするというわけです。

 私たちはそんな契約を通じて、友情を深めてゆきました。

(花岡を皮切りに、ジョー、ヤノケン、檀おじさま……いよいよ千春の地獄めぐりが幕を開ける。続きは1月11日発売『傾国子女』でお読みになれます。)

傾国子女

島田雅彦・著

定価:1680円(税込) 発売日:2013年1月11日

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