本の話

読者と作家を結ぶリボンのようなウェブメディア

キーワードで探す 閉じる
奇抜な犯罪、意外な真相――現代本格ミステリの旗手の最新作

奇抜な犯罪、意外な真相――現代本格ミステリの旗手の最新作

文:千街 晶之 (ミステリ評論家)

『髑髏の檻』 (ジャック・カーリイ 著/三角和代 訳)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 さて、日本の本格ミステリ作家クラブの設立十周年を記念する「海外優秀本格ミステリ顕彰」(二○○○~二○○九年のあいだに邦訳された海外の本格ミステリから最優秀作を選ぶ企画)において『デス・コレクターズ』が選ばれたことからもわかるように、著者の作品は緻密な伏線とラストの鮮やかなどんでん返しを特色としている。今回は事件関係者がさほど多くない上に、真犯人たり得る人物となると更に範囲が狭まるため、本当にどんでん返しなど可能なのかと思えてくるけれども、それでも意外な真相を提示してくるあたり、カーリイの面目躍如と言えるだろう。しかも、真犯人以外にも独自の思惑から事態を引っかき回す人物が複数いるため、事件は更に複雑化する。本筋の連続殺人の他にさまざまな出来事が目まぐるしく発生し、最後にそれらの関係が解きほぐされることで思いがけない構図が現出するのである。

 構図と記したけれども、カーリイの作品において、必ずと言っていいほど描かれるのが支配と被支配の構図だ。そもそも主人公のカーソンからして、ジェレミーというカリスマ的な兄の精神的支配に苦しんでいる。『百番目の男』は別としても、『デス・コレクターズ』の殺人鬼率いるカルト集団、『毒蛇の園』の絶大な権力を誇示する資産家一族、『イン・ザ・ブラッド』の白人至上主義者のグループなど、強力なトップに率いられた集団が毎回のように登場するのも、ミステリのパターンでいうところの「操り」が著者の作品に頻出するのも、支配のモチーフを描く上で必然なのだろう。

 犯行動機にしても、今まで著者の作品に金目当てなどの即物的な動機は登場したことがなく、ほぼすべてが支配と被支配の構図に収斂されると言っていい。それは著者の手持ちの札が少ないというより、あくまでもその構図に固執する内的理由があるのだろうと想像される。ただ、すべてがそうだといっても、表向きの支配と被支配の構図が、真相が暴かれることで完全に逆転する場合もあるし、構図の存在自体がラストまで伏せられている場合もあるので、どの作品を読んでもスリリングさを味わえる。

 そのことと間違いなく関係していると思うのだが、このシリーズは巻を追うごとに社会派テイストが前面に出てきているように感じられる。具体的に言えば、女性憎悪、人種差別、狂信といったアメリカ社会の暗部が、次第に色濃く滲み出してきているのだ。現実のアメリカを覆うそれらの病理を、著者は生(なま)の状態でぶつけるというよりは、物語を支配する抽象的な構図の要素として組み込む。そうすることによって、犯罪者の心理的な歪みの由来や、犯罪自体の異常性を強調するとともに、病理の構図を反転させてミステリ的なサプライズを演出するという一石二鳥の効果があるからだ。

 また、著者が描く犯罪には大抵、過去にまで遡る原因がある。その因果関係が事件の構図をより複雑でミステリアスなものとしており、不可視の糸のように登場人物を強く束縛している。家族などの血縁に関係する問題が絡んでくるのも、過去と現在の因果をよりのっぴきならないものとしていると言えよう。だからこそ、謎が解明されると同時に関係者も呪縛から解き放たれ、自由を手に入れるという物語としてのカタルシスが効果を発揮するのである。残虐な猟奇殺人ばかり扱っているにもかかわらず、後味は悪くないという著者の作品の特色はそこに由来している。

 本書は「PSITシリーズ」の中でも、登場人物が呪縛から解放されるカタルシスという点でとりわけ印象的な物語に仕上がっている。著者のファンを満足させると同時に、本書からこのシリーズに入門した読者にもお薦めできる良質なミステリと言える。

髑髏の檻
ジャック・カーリイ・著/三角和代・訳

定価:本体830円+税 発売日:2015年08月04日

詳しい内容はこちら

プレゼント
  • 『もう明日が待っている』鈴木おさむ・著

    ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。

    応募期間 2024/3/29~2024/4/5
    賞品 『もう明日が待っている』鈴木おさむ・著 5名様

    ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。

ページの先頭へ戻る