2016.02.18 書評

女性たちのさまざまな『雛形』を描いた、今、最も『読ませる』時代小説シリーズ

文: 大矢 博子 (書評家)

『山吹の炎 更紗屋おりん雛形帖』 (篠綾子 著)

『山吹の炎 更紗屋おりん雛形帖』 (篠綾子 著)

『墨染の桜』『黄蝶の橋』『紅い風車』に続く「更紗屋おりん雛形帖」の第四巻をお届けする。楽しみに待っていた読者も多いだろう。巻を重ねるごとに面白くなる。掛け値なしに、今、最も「読ませる」時代小説のシリーズのひとつだ。

 元禄初期の生活や風俗、社会、事件、政治などの骨太な歴史的背景と、すべてを失くした大店の娘の恋と友情と店の再建といった身近なフィクション。この二本柱が絶妙に組み合わされたのが本シリーズだ。本稿ではそれを「職業小説」「歴史小説」「恋愛小説」の三つの側面から見ていきたい。その三つが大きなひとつのテーマに収斂される、そこにこそ篠綾子の腕が光ることをおわかりいただけると思う。

 だがその前に、まずはここまでの物語の流れのおさらいと、本書のアウトラインを紹介しておこう。

 

 シリーズの始まりは延宝九年(一六八一年)の京都。主人公は大手呉服屋・更紗屋の娘・おりん。だが資金繰りに困って父は心労で急死し、店もつぶれてしまう。家も財産も家族もなくしたおりんは、ひとり傍に残ってくれた丁稚の末続と一緒に江戸の叔父を頼ることに。おりんは叔父夫婦とともに長屋に住み、いつか必ず更紗屋を再建しようと心に誓う。

 おりんにはもうひとつ、叶えたい願いがある。京都にいた頃、身分を超えて親しくしていた清閑寺家の姫・熙子と再び会い、衣装を縫って差し上げるという約束をいつか果たしたいのだ。

 更紗屋の再興。熙子姫との約束。このふたつが全巻を通した核になる。

 一時は身投げまで考えていたおりんを助けた浪人の桜木蓮次や、おりんの能力を買う越後屋の当主・三井八郎兵衛高利、「雛形帖」をおりんに渡した沼田藩真田家・松姫との出会い。勘当されて行方知れずになっていた兄・紀兵衛との再会。おりんの裁縫の腕や服飾のセンスが試されるような難題や、更紗屋復興が遠のくような事件を、彼女は周囲の助けも得て、ひとつひとつ乗り越えていく。

 そして第四作となる本書は天和二年(一六八二年)の師走、善次郎夫婦が更紗屋の名前で古着屋を始めようという、とてもめでたいエピソードで幕をあける。おりんも、越後屋番頭の義助から、新しいオリジナルな雛形帖(商品の見本帖)を考案するよう持ちかけられ、やる気を出している。

 ところが、そこを襲ったのが天和の大火だ。善次郎叔父が古着屋を始めようとしていた家作も、そこに運び込んでいた古着もすべて焼けてしまった。また一からの出直しだ。

 そんな中、おりんは新しい雛形帖のアイディアとして、ふたつのことを思いつく。ひとつは、生地の見本ではなく着物のデザインとそれを着た人物を描いたものにすること。そしてもうひとつは、実際にその着物を人に着てもらうことで宣伝する――つまりモデルを使うという方法だ。

 モデルにうってつけの美少女がいる、と知り合いに紹介されたのは、先だっての火事の折に避難先の寺で出会った十六歳の娘・お七だった。本郷の八百屋の跡取り娘だというお七は確かに美人だったが、ある問題を抱えていて……。

 と、ここまで読めば、ピンと来る人も多いだろう。火事。寺。お七。八百屋。そう、ご想像の通りだが、しばしお待ちを。先に「職業小説」の側面を見ていきたい。

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山吹の炎 更紗屋おりん雛形帖
篠綾子・著

定価:本体670円+税 発売日:2016年02月10日

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