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震災で考えた「死ぬこと」と「時間」について

震災で考えた「死ぬこと」と「時間」について

「本の話」編集部

『幻影の星』 (白石一文 著)

出典 : #本の話
ジャンル : #小説

――白石さんが実際に行った所はどこだったのですか。

白石 4月の初めに救援物資を持って仙台経由で石巻に行きました。本当はもっと早く行きたかったのですが、新幹線は止まっているし、高速道路も関係車両以外は通れなかったりで、なかなか動けませんでした。仙台には東京に1度戻ったあと、今度はスポーツトレーナーで鍼灸師でもある白石宏先生を連れて16日にまた行きました。

――当時の状況はどのようなものだったのでしょうか。

白石 まだまだ地震や津波の被害の爪痕が克明に残っていましたね。瓦礫も工事車両や緊急車両がやっと通れるだけ除けられた状態で、まだまだ撤去作業が必要な状態でした。屋外にあった犠牲者の遺体をようやく移動し終えたくらいのときだったと思います。石巻や仙台の風景を実際に見て、そこで感じたことを自分の中でどういう形のフィクションに変えるか――そのことばかり考えていました。被害を直接的に描くのはジャーナリズムの仕事ですから。

――確かにこの作品の中では震災のことは様々な形で触れられていますが、被害の情景が直接描かれることはあまりありませんね。そもそも武夫が付き合っている「堀江さん」は大震災を「イリュージョン」と言いますし、「今回の大震災を受けて生き方や考え方自体を変えるべき」という火山学者の意見も作中に引用されています。

白石 石巻や仙台だけでなく、本当は福島第一原発の様子も実際にこの目で見たかった。でもオファーに対してなかなか許可が下りなくて、結局それは叶いませんでした。それから神戸に行きました。

――どうして神戸に行ったのですか。

白石 僕は17年前「文藝春秋」の編集部員で、阪神大震災が起きた3、4日後に現地に入って取材したことがありました。阪神高速道路がバタッと折れたところや、丸焼けになった長田地区もこの目で見た。それが今どうなっているかを知りたかったんです。実際に神戸に行ってみると、震災の傷跡はほとんど残ってなくて、災害のモニュメントらしきものはあるにはあるけど、誰も見向きしていない。災害は時間が経つとこうなる、人は時間が経てば被災地だったところに住むようになる、ということを強く実感しました。でも今回の震災に関しては原子力災害のことを考えざるを得なくて、神戸に過ぎたような時間を単純に被災地に重ねることはできない。そのことに気づいたことも大きかったですね。

 神戸に行ったあとは白石宏先生と避難所を回るというボランティアを始めました。そして5月になってからようやく今回の小説を書き始めました。

――あらためて執筆を再開するにあたって、まず考えたことは何だったのでしょうか。

白石 まず一番に考えたのは「死」と「死ぬこと」です。たくさんの死を実感して思ったことは、死ぬことが人生や社会、そして地球という星において基本であるということ。でもそういう認識をなかなか人は持つことができません。亡くなった人を棺桶に収めて、焼いてお骨にして、それをお墓に収めること――それが普通「死」だと考えられているけれど、あくまでそれは死の一つの側面。それが自分を含めたあらゆる人に起こるということについては、死や痛みについて考えたくないのか、人はなるべく考えないようにしている。その時になったら何とか対応すればいいと思っている。

 でも今回の震災でわかったように、近しい人が一瞬にして亡くなること、そして自分を含めた大量の人が一瞬にして亡くなることのほうが、生きることの大前提なんです。

【次ページ】私たちに与えられた長い時間の物差し

幻影の星
白石一文・著

定価:1418円(税込) 発売日:2012年01月14日

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