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懐かしいヒット曲が物語を彩る80年代「ミスDJ」も愛読するラブストーリー

懐かしいヒット曲が物語を彩る80年代「ミスDJ」も愛読するラブストーリー

文:千倉 真理

『イニシエーション・ラブ』 (乾くるみ 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 80年代、大学生のとき、文化放送で「ミスDJリクエストパレード」という深夜番組のDJをしていました。2時間半で30曲くらいをかけるプログラムで、1曲1曲、イントロに合わせて、リクエスト葉書を一生懸命読んでました。ネットどころか、FAXもない時代なので、その葉書だけが通信手段。リスナーさんは、番組で名前を紹介されると、翌日、学校で話題になったりするというので、読む方も1枚でも多く読めるように、と必死。

 なので、今でも、テレビのCMや街で、その頃の曲(ボーイズ・タウン・ギャング「君の瞳に恋してる」とか佐野元春「SOMEDAY」、スティクス「ミスター・ロボット」など)が聴こえてくると「あ、このイントロだと葉書5枚は読めるわ!」と反射的にかまえてしまい、あの時代をひっそり思い出すこともあります。

千倉真理(ちくらまり)1962年、東京都生まれ。81年、「ミスDJリクエストパレード」(文化放送)のコンテストで優勝し、ミスDJとして活躍したほか、ラジオ、テレビなどに出演。千倉書房取締役。

 そして、この『イニシエーション・ラブ』も舞台は80年代。テレビでは「男女7人夏物語」が放送されていた頃。大学4年生の「僕」が、男子4人女子4人の合コンに参加するところから始まります。相手の女子の中から歯科衛生士をしている「成岡さん」が一番いいな、と思うのですが、だからといってその場で気の利いた冗談を言うこともできず、でもがんばって2次会まで行って、人生初のカラオケをして、そのうち、またみんなで海に行くことになって、なんとなく電話番号だけは教えてもらったのだけど、すぐに電話もかけられず……。

 そう、携帯電話のなかった時代、まだ彼女の家族関係も知らない時は、電話をかけると怖いお父さんがでてしまい、取りついでくれなかったりすることもあるわけです。もどかしさ、ドキドキ感、あーなんて自分は面白くないことしか言えないんだーっていう失望など、ひりひりとした想いは、黒電話の時代の方が多かったのかもしれません。

 ただ、こういった何か事件が起きるわけでもない普通すぎる恋愛小説が、どうしてミステリーなの? どこが「必ず二回読みたくなる」なの? というところが、150万部のベストセラーとなった魅力の秘密です。

 目次は、レコードのA面、B面の構成で、side-Aの2曲目(2章)が「君は1000%」。わ、1986オメガトライブ! 当時「この曲をかけて、彼女をのせてドライブしてました!」というリクエスト葉書を読んだこともあります。そう、あの頃は、好きなレコードを録音したカセットを入れてドライブのBGMにしたものです。そのカセットテープには、オフコースが入っている場合も多く、本の3章のタイトルは「YES-NO」。助手席の女の子と中学時代のことなどを話しながらドライブして、「君を抱いていいの」とは、なかなか聞けないのだけど、なんとも、息のつまるような空気……。そして、side-Bの「夏をあきらめて」。恋の思い出というのは、年代関係なく夏が多いのでしょうか。ラストナンバー、最終章の「SHOW ME」は、わかりやすくバブルっぽい。ただバブルだからって恋愛がうまくいくなんてことは全くなく、いろんな波にのまれて、あっぷあっぷしてるのは、きっとみんな一緒。

『イニシエーション・ラブ』が映画化! というニュースを聞いて、まず思ったことが、どうやって、あのトリックを映像にするのか、そして、あの目次にあった曲が実際に映画の中で使われるのかしら……ということ。

 私は映画も、それこそ1000%楽しませてもらいました。登場人物のアパートの部屋から、会社のPC、細部から始まって、流れている空気もなんとなく80年代。その舞台で、主演の前田敦子さん、松田翔太さん達が初めての恋をして、曲も期待以上に素敵に入ってきて……イントロが流れてくるだけで、「わーっここで、これがくる!」「そうかあ、ここで、このナンバー!」。もう、その10秒とか20秒くらいのイントロの間に、映画の流れと別に、自分たちの30年前の淡い思い出などもよみがえってきて、深く味わえます! 原作者の乾くるみさん、映画監督の堤幸彦さんはじめ映像にしてくださった方々に感謝!

 最近は、同窓会のような飲み会が頻繁なこともあり、同世代に知らせたくなる本と映画です。本を読んでから映画館に行くのが、より楽しめるかも。

 また、私の息子も大学2年生で「これ、どうよ!」と、文庫本を渡しておいたら、普段だったら親が勧める本など読まないのに、たちまち読了! 普段、あまり親子では具体的に話しづらい恋愛の話も、トリックの仕掛けの感想など語りながら、男のコの気持ち、女のコの気持ちを話題にできる絶好の作品です。こんなにまで、うじうじ、くじけそうになりながら、女のコの心をつかみにいくのが男のコの仕事なのよ!  ということ。そして、「恋愛に絶対はない」ことがわかる初めての恋。『イニシエーション・ラブ』は、親世代も子世代も楽しめる1冊です。

イニシエーション・ラブ特設サイト

文春文庫
イニシエーション・ラブ
乾くるみ

定価:715円(税込)発売日:2007年04月10日

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