2016.05.08 書評

人類繁栄の謎に迫る女性人類学者の壮大な旅

文: 吉沢 朗 (NHK チーフ・プロデューサー)

『人類20万年 遥かなる旅路』 (アリス・ロバーツ 著/野中香方子 訳)

『人類20万年 遥かなる旅路』 (アリス・ロバーツ 著/野中香方子 訳)

 21世紀を迎えた今、私たち人類、ホモ・サピエンスは地球上の至るところに暮らしている。これほどの繁栄を謳歌する人類も、祖先をたどっていくと、20万年前にアフリカに暮らした数千人の集団に行きつくと言う。そんな小さな集団がどのようにして世界中に広がっていったのか。人類はなぜここまで繁栄することができたのか。医師であり解剖学者でもあるアリス・ロバーツ氏が、イギリスの公共放送BBCとタッグを組み、この壮大なテーマに取り組んだのが本書である。同名のテレビドキュメンタリー(「The Incredible Human Journey」)とともにイギリスで大きな反響を呼んだ。テレビシリーズは、イギリスのほか、ヨーロッパ各国、アフリカ各国、オーストラリア、カナダなどで放送されている。

 日本では2013年、NHK Eテレの「地球ドラマチック」で放送された。「地球ドラマチック」は海外の優れたドキュメンタリーを紹介する番組で、驚きと興奮に満ちた“世界の姿”を日本の視聴者、特に子供たちに届けるのがコンセプトだ。当時、この番組の制作統括をしていた私は、大人が見ても楽しめる本格的な知的エンターテインメントこそ、子供にも楽しんでもらいたいと考えていた。このBBCのドキュメンタリーは、まさにうってつけの作品で、一も二もなく飛びつき、放送を決めたことを覚えている。放送は、期待通り大人から子供まで幅広い層に支持され、楽しみながら最新の科学的知識が得られると好評をいただいた。

 

 人類の“遙かなる旅路”をたどるこのシリーズは、私たちをアフリカから南米まで世界各地へと誘(いざな)ってくれる。アフリカのカラハリ砂漠では、太古から伝わるとされる不思議な言語を話す狩猟採集民族を訪ねる。彼らの言葉には、舌を鳴らす独特の音が使われている。狩りの際には、獲物に気づかれないよう、この音だけで意思の疎通を行うことができるという。こうした言語の起源は、ごく初期の人類にまでさかのぼれるというのだから、彼らが文化を伝えてきた時間軸の長さにただ圧倒される。

 イスラエルでは、洞窟で発見された10万年前のものとされる人骨を目の当たりにする。丁寧に埋葬され、副葬品も一緒に納められていたということで、これほど昔に人々が死後の世界を信じていた可能性を示している。しかし、そうした高度な文化を育みながら、彼らはこの地で死に絶えてしまった。何が彼らを滅ぼしたのだろうか。私たちが今、この世界で生きているということは、いくつもの幸運な偶然が積み重なった結果なのだと思い知らされる。

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人類20万年 遥かなる旅路
アリス・ロバーツ・著/野中香方子・訳

定価:本体1,180円+税 発売日:2016年04月08日

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