2015.12.20 書評

母と妹のアンサンブル

文: 千住 博 (日本画家)

『千住家、母娘の往復書簡 母のがん、心臓病を乗り越えて』 (千住真理子・千住文子 著)

『千住家、母娘の往復書簡 母のがん、心臓病を乗り越えて』 (千住真理子・千住文子 著)

『千住家、母娘の往復書簡』を改めて読んだ。

 実は当時から、母と妹が往復書簡をやりとりしているのは横目でちらちらと見ていた。何かやっているな、と思ってはいたが、私たち3人兄妹の中で、ある意味で妹が一番本気で母と喧嘩をしたり、「呆れてものが言えない」などとお互いに言い合っていたので、どんなどろどろの内容になるのかと少し心配もしていた。蓋を開ければ、母の筆力の確かさと詩的な文章の世界、そして妹の体当たりとも言える真摯な態度が正面から激突し、ある均衡に至っている。このバランス感覚には、他人ごとのようだが“いやあご立派”と言うしかない。よくもまあ、このような難しい諸々を丁寧にきちんと、同時に丁々発止とやりあいながら、見事なハーモニーを奏でたものだと感心する。妹の演奏家としての確かさはここにも生かされていると感じた。なぜならアンサンブルとは相手の音を片耳で聴きながら自らを活かすことだから、これはまさに音楽家とその母ならではの面目躍如の世界と言える。結果、母はこの本の中で、まるでCD収録された演奏家のように、永遠に生き続けることとなったのだ。

 本にしよう、ともちかけて下さった文藝春秋には感謝の気持ちが絶えない。そしてめでたく文庫にもなり、それで私にも解説を、と話が来たのであるが、母と私との大概のことは色々なところで既に活字になっている。ただ母との明かしていない話が一つだけある。しかしこれは実に情けない内容で、吐露するのも躊躇する程だが、この際書かない訳にも行くまい。

 実は母が亡くなって、東京の自宅で一人になって(正確には私と母の遺体!)、まず脳裏をよぎったのは「死んだ母が化けて出て来たらどうしよう」などという馬鹿馬鹿しくも嘆かわしいことだった。というのは母は生前から冗談が好きで、亡くなる少し前までそんな内容の笑い話をしていたような気がする。それで母が亡くなったあと、あの世で何やら不思議なパワーを身に付けて、私を驚かせて大笑いしようとたくらんでいたとしても不思議はない。そう真面目に思って、恐ろしやとぞっとしていたのだ。

 母ならやりかねない。幼い頃言うことを聞かない私たち3兄妹の前でバタッと倒れて“死んだふり”をして大いに驚かせ、息も絶え絶えに生き返った、という演技をして一同大反省をさせたこともある母だ。それに生前から母を怒らせると、決まって「そんなわがままを言うなら、死んだら化けて出てあげるから、覚えておきなさい!!」と幾度となくすごまれていた。その時は「何言ってんだい!」と鼻でフンと笑っていたが、いざこの状況だと立場はガラリと変わる。相手は本当に死んでいるのだから、圧倒的に形勢不利だ。

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千住家、母娘の往復書簡 母のがん、心臓病を乗り越えて
千住真理子・千住文子 著

定価:本体670円+税 発売日:2015年12月04日

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