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隠された謎をたどる1人と1匹の旅

隠された謎をたどる1人と1匹の旅

文:佐藤 さとる (作家)

『旅猫リポート』 (有川浩 著)


ジャンル : #小説

 こうして猫と人の結びつきの強さを、しっかりたたきこまれたところで、題名どおり、人と猫の旅が始まり、その旅を猫がリポートすることになる。といっても猫の独白部分は要所に置かれるだけで、大部分は客観描写の文で語られていく。

 いわばファンタジー形式とリアルな現代小説のスタイルが入り混じるのだが、全く違和感はない。もともとファンタジーはリアリズムの延長線上にある形式だから、こんな試みがあっても不思議ではないが、読者に伝える情報 の、量と時期を誤ると混乱を招くだろうと思う。もちろんこの作者にそんな 手抜かりはなく、途中で引っかかることなど一切ないままに、快く物語にひきこまれていく。

 人間の主人公は「サトル」というが、私事ながら私の名も「さとる」で、これは読んでいて身につまされる。ただ、さとる君(小生)は、サトル君ほどの優しさや生真面目さを持ち合わせていないので、感心したり反省したりしながらの読書だったが、やがてそんな雑念は消えていって、話にのめりこんでしまった。

 旅といっても、この旅はただの旅ではない。サトル君にはある理由があって、仲のいい友達を車で訪ねてまわるのだが――もちろんリポート役の猫もいっしょに――、彼には実にいい友達がいて、どこでも歓迎される。これもサトル君の人徳あってこそと思う。

 こうしたことがさりげなく語られ、しかし、短い滞在のうちに、それぞれの家にはそれぞれの事情があり、問題を抱えていることがわかる。こういうところがこの作者の筆の力で、猫文学とはいいながら、さまざまな人間をくっきり浮かびあがらせて、読者をひきつけていく。

 こんな構成が続くと、同工異曲になり易いはずだが、そうはならない。いく先々で新しい展開があり、そのうえに猫の立場と人の立場とが交差して、不思議なリアリティーを生む。やがてこの旅にかくされた謎が、次第に浮き上がってくるのだが、人(サトル)の優しさと、それに応える猫の心情とが重なって切ない。

 以前、どこかで重松清氏が、有川氏を『心意気』の作家、といっていた。私も賛成である。この『旅猫リポート』も、優しいサトル君の優しい心意気と、やや利かん坊の猫の、一途な心意気が一つになって、大きな感動を呼ぶ。

 猫好きな人はもちろんのこと、猫嫌いを自認する人にも是非一読を勧めたい。

旅猫リポート

有川 浩・著

定価:1,470円+税 発売日:2012年11月15日

詳しい内容はこちら  特設サイトはこちら  

絵本「旅猫リポート」

有川 浩・著 村上 勉・画

定価:1,200円+税 発売日:2014年02月28日

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