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敗北したときこそ、真価が問われる

敗北したときこそ、真価が問われる

「オール讀物」編集部

長門正貢(日本郵政株式会社 取締役兼代表執行役社長)

出典 : #オール讀物
ジャンル : #小説 ,#ノンフィクション

 今春から全国二万四千の郵便局を束ねる日本郵政の社長となった。富士重工業副社長やシティバンク銀行会長、ゆうちょ銀行社長などを歴任してきた国際金融の“プロフェッショナル経営者”の哲学に迫る。

オール讀物 2016年7月号

 もっとも影響を受けた本は、元アメリカ大統領の自伝『ニクソン――わが生涯の戦い』ですね。原書『In the Arena』を読んで、あまりにも感銘を受けたので、邦訳を買いました。ウォーターゲート事件で失脚したが、その後の半生を名誉挽回のために懸命に生きたニクソンは、著書でこう綴っています。

「われわれが敗北したとき、すべてが終わったと思う。しかし、それは真実ではない。それはつねにたんなる始まりだ。(中略)いつも思い出したまえ、(中略)きみを憎む者たちは、きみが彼らを憎んできみ自身をだめにしないかぎり、きみに勝つことはないのだということを」

 辞任後、歴代最低の大統領とされた彼が、その後をどう生きたのかが良くわかる、エンカレッジングな本です。

 中国の権力闘争の表と裏を描いた『ニュー・エンペラー――毛沢東と鄧小平の中国』も興味深かった。そのなかの「一辺四〇歩、一周一六〇歩、四〇周の鍛練」という章で、毛沢東によって遠く江西省に追放された六十五歳の鄧小平が、軍の監視下で民家に幽閉されている場面があります。絶望的な状況のなか、毎日、一まわり四〇歩の庭を四〇周も歩く父を見た娘が、「将来の戦いに備えて、父の信念、計画、決意が(中略)揺るぎなく固まってきたに違いない」と感じるのです。実際にその後、毛から、復帰せよという命令が届き、鄧小平はその後、全盛期を築きます。

 この二つの本は、たとえ敗北しても、そこからどう生きるかが大切だということを教えてくれました。言葉にすると簡単ですが、彼らの「ネバーギブアップ」は奥深い。朝の来ない夜はない、出口のないトンネルはないと言いますが、トンネルの中で歩みを止めれば、絶対に出口にはたどり着けない。朝まで歩き続ける覚悟が必要なんです。

 次に紹介したいのは、『アメリカにおける秋山真之』です。私は大学を出て、日本興業銀行(当時)に入り、入行三年目から五年目にかけて、アメリカ・ボストンのフレッチャー法律外交大学院(フレッチャースクール)に留学しました。この頃、同期たちは日本で“この産業の将来性は? 損益計算書は?”などとビジネスの実務をしていました。国際関係論を学んでいた私は、ちょっと焦りに似た気持ちが出てきて、友人に手紙を書いたんです。その友人が、秋山真之の手紙の一文を引用して返事をくれました。

“今や東亜の風雲ようやく動き、形勢日々にあい迫るの際、独り千里の異境に読書するも、なかなか不本意至極にそうらえ共、小生の本分はまた別にこれ有り、ただますます精到強勉、もって邦家他日の御用をあい待つのほか他事無く候”

 日露戦争の気配が漂うとき、はるか遠くのアメリカにいて心苦しいんだけれども、今は鍛えて自分の本分を果たすべき日を待とうと。焦っていた自分の心に、この言葉が響きましたね。

 ヒューストン、ニューヨーク、そしてバンコクと海外勤務をしていきましたが、遠く離れると日本のことを思う時間も増えます。そのときに、真之の言葉を思い出し、「我の本分は、別にこれあり」と言い聞かせてきました。

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ニクソン わが生涯の戦い
リチャード・ニクソン・著、福島正光・訳

定価:本体2,233円+税 発売日:1991年10月

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オール讀物 2016年7月号

定価:980円(税込) 発売日:2016年06月22日

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