2012.06.28 インタビュー・対談

今、語ることに
意味がある

聞き手: 荒田 雅之 (取材・構成)

『超える力』 (室伏広治 著)

今、語ることに<br />意味がある

――なぜ、今、この本を書いたのか?

 私は高校時代から本格的にハンマー投を始め、20歳で日本陸上競技選手権を制し、17連覇を果たしています。世界陸上競技選手権やオリンピックともに金メダルを獲得。一般には現役を終えている年齢かもしれませんが、37歳となった今も私は世界のトップレベルでしのぎを削っています。

 20年余りの現役生活の中で、記録や順位などを意識する勝利至上主義を超え、ドーピングとの戦いなどを経て、年齢という限界への挑戦、ハンマー投の奥義の追求と志向するテーマも変わってきました。身体機能の向上に取り組み、ハンマーの動きを解析し、アスリート兼研究者としての活動も充実しています。そんな今だからこそ、説得力をもって話せると思ったのです。

 海外の大会に出るようになってからは、自らトップアスリートに練習方法や競技への取り組み方などを聞いて回りましたが、彼らから得たものは大きな財産となったものです。37歳の今も成長過程にあると自負する私がこれまでの経験や知見、生き方を語ることは、誰かの役に立つとともに自身の軌跡を辿ることが自分にとってもよい整理になるのではと考えたのです。

――「超える力」とは?

 競技人生を振り返る中で、編集の方とお話ししたときに出てきたキーワードでした。父の記録やハンマースロワーの目標である80mを超えること。さらにライバルを超えるために切磋琢磨し、ハンマー投の技を追求する心、自分を高めたいという心、考える力や戦略を編み出すことなど、自分が試行錯誤を繰り返してきたプロセスは、「超える力」をどのように身につけるかということだと思いあたったのです。

 そしてこれが修得できたのは、私一人の力によるものではありません。父や高校時代の恩師、世界のトップアスリートからのアドバイスや異分野の師や共同研究者、世界陸上テグ大会で大きな支えとなった「チームコージ」、またそれを支援してくれたミズノ、そしてファンの方々など、ここに記しきれない沢山の人々の支えがあってのことで、こうした人々との出会いから追求して得られた賜物なのです。

 また休息も「超える力」を醸成する一つだと考えています。自分を見つめ直し、考えを深めることで次のステップに進むアイディアも思い浮かぶようになりました。こうした時間は競技だけではなく、アスリート人生の次のセカンドキャリアを考えることにも繋がることでしょう。

――この本を誰に読んでもらいたいか?

 現役アスリートや陸上競技を志す後輩だけでなく、指導者や教育者、子育て中の方々、ビジネスマン、決断やプレッシャーに追われている方々に何かを感じていただけるのではないかと思っています。

 世界を転戦し、現地に溶け込み、現地の声援を力に換える私の経験や発想はアスリートやビジネスマンのヒントになるのではないでしょうか。

 ルール改正に対して改善を求めたプロセスは、グローバルスタンダードのルール作りに積極的に参加する意義を見直すきっかけになるかと思います。 親子関係が希薄になる中、私と父がハンマー投という一つのテーマ(技)を追求し、いかに築き上げてきたか、私の素質を見極め、自主性を柱として個性を開花させた父の教育は人材の指導や子育てになんらかの役に立つのではないかと思っています。

――本を語りおろして、思うことは?

 この本を書くにあたって私に関わるさまざまな方に話を伺いました。父をはじめ、高校時代の恩師など、未熟でわがままだった時代にさまざまな人が長い目で見守ってくれたことに気づかされたのです。

 また金メダルをとってからも指導してくださる会社の上司や異分野の師や多くの仲間がいます。こうした周囲の存在やフォローは人間の成長に欠かせないものだと実感しているところです。

――室伏広治にとってのネクストは?

 自分が得たものを恩返しする意味で、社会貢献を考えています。IOCの選手委員に立候補し、オリンピックの精神を広めること。研究者としてはトレーニングツールの開発。チームコージなどで進めている年齢の限界を克服する身体機能の向上のトレーニング方法を本にまとめたいと思っています。

 ロンドンオリンピックが当面の目標ですが、その後、即引退というわけではありません。全盛期はアテネオリンピック前後とよく言われますが、私のハンマー投のスタイルも変わってきており、当時より今の方がよい動きができているのです。ロンドンまで万全の調整に務め、かの地での私の「超える力」を見ていただきたいですね。

超える力
室伏広治・著

定価:1365円(税込) 発売日:2012年06月27日

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