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空港で起きるトラブルと恋愛をコミカルに描く

空港で起きるトラブルと恋愛をコミカルに描く

「本の話」編集部

『恋する空港 あぽやん2』 (新野剛志 著)

出典 : #本の話
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

──旅行会社の成田空港支所に「飛ばされた」主人公・遠藤が、空港特有のトラブルに巻き込まれながら成長していく『あぽやん』は大変評価も高く、第一三九回直木賞候補にもなりました。連作短篇集として、この作品から空港の様々なことを初めて知った読者も多いと思うんですが、今回その続篇『恋する空港 あぽやん2』を上梓されました。編集部から「続篇を」という依頼を受けたときに、すぐに次の構想は浮かんだのでしょうか?

新野  もともと「別册文藝春秋」に『あぽやん』を連載中は、連作読み切りでしたが、主人公が成長していく話ということで、わりと全体的に繋がりがある流れでした。単行本として刊行されて読者に支持されたのは、やはり主人公・遠藤が物語の中で少しずつ成長していくというのが理由なのだろうと思いまして、次の連載ということになったとき、毎回、空港の中で何か事件が起って終わりではなく、一つの流れを持った作品としても読めるようなものにしよう、という考えはありました。

──今回、物語の要素の一つとして、空港は事故とか、自然現象とか、死と隣り合わせの場所である、ということが盛り込まれています。

新野  そうですね。これは必ずしも空港だけじゃなく、いわゆる一つの仕事の中で、命とか、あるいは自然とか、そういうものが何かしら関わってくる部分があるのでは、というストーリーになっていると思います。

──第一話ですが、空港で昨日見送ったばかりの人と不慮の別れをすることになるかもしれない可能性を見せて、次の第二話が赤ちゃんの誕生の話であるというのは、すごく面白いですね。

新野  前作と変わらずに、ある種、ユーモアをちりばめながらそれぞれのストーリーを楽しめるものにはなっています。ただ、第一話から人が亡くなったり、その後も会社の経営状況、外部の経済環境やら、財務状況などによって空港所の閉鎖という流れになっていく、トーンとしてはわりと暗い話に……一つの筋としては暗いものがあったりするのですが、それはもともとそうしようと思っていたわけではないんですね。連載中に現場に取材にいったら、空港所閉鎖という話が実際にあって。それが主人公を通して改めて仕事を見直すことにつながりました。

──ということは、取材がこの流れを生んだと。

新野  職場がなくなるということが、仕事というものを本当に意識させるのかもしれないし、あるいは自分と仕事との距離感が分かるのではないかな、と。それで主人公の遠藤自身も職場がなくなるとなったときに、単純に会社の中の一つの部署が消えるというより、今、自分が働いている仲間たちと会えなくなる、ということに対する辛さを書こうと思いました。そして、今まで培(つちか)ってきた仕事は、空港所という場所が失われてもそこに何かを残すことができるのではないか、というふうに書いてみました。

──連載一回ごとに事件が起こって、解決してという構成ですが、まずは最初の「テロリストとアイランダー」には、新しいキャラクターとして、枝元という人間が登場してきましたね。

新キャラクター登場の意味

新野  今回の連載で考えていたのは、前回、今泉という濃いキャラがいたのですが人事異動してしまいましたので、新しく枝元を登場させ、彼のスーパーバイザーのためのOJTに遠藤をつけて、その中で物語の流れを作りました。

──遠藤が急に立派になってしまうと読者としてはちょっと寂しいというか、共感しにくいところを、遠藤自身も指導者として未熟な部分を出すことによって、読者が「そうそう、仕事って大変だよね」と思ってしまうような……。

新野  そうですね。枝元がグアムの営業所から帰ってきたと設定したのは、遠藤と同い年ながら、就職氷河期に日本で就職ができずに海外に仕事を求めていった、という立場の違いをだしたかったからです。そこからストーリーが広がりました。

──「ランチ戦争」は、前作からの大きなテーマでもあった働く女性たちと遠藤がどうつきあっていくか、という話ですが、一般の男性会社員が読んでも、かなり身に沁みる話じゃないかと。

新野  空港という職場のランチタイムはこうなのかな、と読む人が多いとは思うんですけどね。この「ランチ戦争」の話ではスーパーバイザー・遠藤が「一緒にいきたくありません」と女性のスタッフたちから宣言されて、ひと悶着が始まります。これはちょっと内容は違うんですけれども、僕自身にも現実にあった話がベースになっています。

──今まで遠藤は、比較的女性たちに助けてもらって仕事をこなしてきたので、ここで初めて女性たちのある意味、反乱に遭うというのは、彼の成長の新たな段階でもありますよね。さらにはその女性たちのキャラクターがいいです。

新野  まあ、やっぱりまだまだ女性って、異動や出世とは別の場所で、自分に与えられたものを細々とやっている人が少なくないと思うんですよね。この空港所というのも女性が多い職場ですが、多くの女性はそこから異動があるわけではなくて、必然的に昇進とかもほとんどない部署で、その中で与えられた仕事、空港での仕事を一生懸命、あるいは好きだからとか、いろんな理由があって取り組んでいます。大企業の総合職でキャリアを積んでいく、というような女性とはまた違う働き方をしている。

──空港という職場で、それぞれが生き生きと働いているのがすごく魅力的ですね。もちろん今回の作品はそれぞれの話を単独でも読めますが、前作からの読者にとってたまらないのが、女性スタッフ森尾の存在。読者の反応を見ても、彼女は完全な脇役だったにもかかわらず、かなり人気が高いです。今回は森尾ファンにはたまらない活躍ぶりではないかと。

新野  そうですね。ええ、ほんと。そういう話も聞いていたし、そのへんは前作の『あぽやん』を書いているうちに、ああ、この遠藤と森尾というのは反目し合ったりしているけれど、この後ひかれ合っちゃうかもしれないな、という思いがありました。

空港でのトラブルと恋愛模様

──今回は恋愛小説としてもすごく楽しめる部分が大きいですね。「台風ゲーム」のあたりがいよいよ後半戦で、この台風がやってきたときの空港というのも、今までテーマになっていなかったのが不思議なくらい、面白そうな題名です。異常気象のときの空港の対応振りにも注目です。

新野  どこかで台風を出そうと思っていて、第四話で話の雲行きが怪しくなってきたところでまさにぴったりでした。僕の空港勤務時代で一番ひどいときは、確かあれは雪だったかな? 交通機関が止まって、フロアーに人が溢れて、毛布を配って泊まってもらったこともありました。でもそれだと一日じゅうの話で収まりきらない、それを書くのはなあ、と思ったんですが、最初勢力の強い台風と言いながら、規模をシュワシュワッと縮小させつつ、うまくどうにかまとめられたな、と(笑)。

──で、最後、「マイ・スイート・ホームあぽ」では、遠藤がお客さんに見初(みそ)められてしまうという、これまた今までにない出来事が起きます。お客さん商売をしている人だったら、一度は憧れるシチュエーションじゃないかな、と思うのですが。

新野  そうですね(笑)。

──今回、最終話にこういうお話を設定したのは?

新野  それはね、最終話にというよりも、遠藤と森尾との恋愛の中の一つの試練、最後の試練として第三者を出してみよう、と。

──ラストステージとして、クリアしなくてはいけないところですね。

新野  さて、遠藤はどう出るんだ? と。

──この横恋慕騒動が空港所の存続問題と絡まっているところが……。

新野   そうですね。そこがこの面白さというか、ミソでね。単純に見初められたというだけでなく、それに付随して、大きな注目を浴びてしまって、というところで……。

──この連作のシリーズは、一篇一篇の中でも伏線の回収というのが本当に見事です。第一話で出てきた亡くなった旅客の話というのも、最終話にうまく収斂(しゅうれん)しています。ラストが前向きというか。

新野  そうですね。逆に言ったら、まあ、そう思うしかない、という現実の厳しさがあるんでしょうけどね。

──この先の遠藤を知りたいという読者は多いと思うんですが、もうこれで空港は書き尽くしたよ! という感じですか?

新野   今回、一応打ち止め的な終わり方をしているのですけれど(笑)。そうですねえ、どうでしょうねえ。もしやるとなれば、本当に全く違う会社の遠藤になったり、あるいは今度はどこかホテルに飛ばされて、そこの話になったりとか、そういう展開にはなるかもしれないですね。

──その日を楽しみにしています。最後にこの本について、著者からのメッセージを。

新野   『恋する空港』は『あぽやん』の二作目ですが、前作を読んでいなくても楽しめる作品になっています。前作と同様、遠藤という、本当に自分なり、あるいはすぐ近くにいる人なりを投影できるような、わりと等身大の男が空港を舞台に一生懸命頑張っていく物語です。この主人公の活躍を読んでいただくと、働いている人にとっては何かしら心に湧きあがるものがあると思うので、ぜひ楽しんで、エンターテインメントとして読んでいただければいいなと思っております。前作ともどもよろしくお願いします。

文春文庫
恋する空港 あぽやん2
新野剛志

定価:792円(税込)発売日:2012年12月04日

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