「文藝春秋」2013年8月号「この人の月間日記」に登場したことが契機となって、『壇蜜日記』(文春文庫)を刊行することになった壇蜜さん。公開を前提に日記を綴ることはどんな気持ちだったのか。赤裸々に語っていただきました。
――『壇蜜日記』を出版すると最初に聞いたとき、どう思われましたか?
タレント本にどうしてもなっちゃいますから、どんなにジャンルを変えても、私がタレントである以上はタレントの出した本という物差しでしか見られないので、「日記で自分の私生活を切り売りしている人」っていうような意味でしかとらえられなくなっちゃうものを出す、というものを出すのはなかなかのプレッシャーだったし、じゃあそう思われないように出すにはどうしたらいいかという考えも無かったので……困りましたね。
だけれども、日記を綴ることが子どもの頃から自然なことでしたから、齋藤支靜加としても壇蜜としても、その習慣に変りは無いと思っていたので、その習慣を披露する意味で日記ならと思って自分に折り合いをつけたのがきっかけです。
――実際に日記を書いてみて、どうでしたか?
実際に書いてみたら、毎日綴ることの楽しさ、毎日綴ることのお勤め感が自分のなかに芽生えてきて、「続けられるものがあって嬉しい」「続けられるものがあるから、いま生きてられるんだ」って向き直した感じですね。
――今日は書く気分じゃないなあ、というときはありませんでしたか?
やっぱりものを出すとか、誰かに何かを見せるというのはファンありきですから、ファンの人たちに恥ずかしくないものを出すという目標が決まってからは日記もすんなり書けるようになりましたし、「もう今日遅いし、明日早いし……」なんていう日は、一行に力を込めて書いた日もあったので、「今日書くのもしんどいくらい疲れてる」というのは、なんか自分にとっての言い訳であったり驕りだなあと思って臨んでました。具合が悪くて一日中寝ている日でも、家の周りの音であったり、猫が何をしたかぐらい分るので、そういうのがキャッチできる気持ちがあってラッキーでした。
――ご自分で日記を読み返してみて、いかがでしたか?
感想……「毎日書いたなあ」という感想以外思い浮かばないのが正解だと思っているんです。「大変だったなあ」とか「楽しかったなあ」なんていうふうに思い返しちゃえば、とたんに他人に見せるものじゃなくなりそうな気がして。自分が紡いだ文章が本になった、ただそれだけっていうふうに受け止めてます。
――どういう人たちに読んで欲しいですか?
ファンの方、あとは手に取ってみた方、もしくは目があった方。で、広がって行くと思います。ただ私がいま見えているのは、私のことを応援してくださるファンの方に宛てた部分が大きいですから。タレントものを出したり何かするっていうのはファンのため、ほぼ100%ファンのためですから、日記もそのなかのひとつとシンプルに考えていますけど、やっぱり本を手に取った方、目があった方……出会ってほしいなっていうエクストラな気持ちも持ってますね。
――最後に一言、この動画を見ている皆さんにメッセージをお願いします。
カバーのデザインから、タイトルから、そして値段から、すべて……すべてが手に取りやすくなっております。以上。だって、それしか言えない(微笑)。