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生と死の間の細い道

生と死の間の細い道

「本の話」編集部

『岸辺の旅』 (湯本香樹実 著)

出典 : #本の話
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

──湯本さんは『くまとやまねこ』(河出書房新社)など絵本も書かれていますね。

湯本  絵本の文を、という依頼を受けて書いているんですが、絵本のテキストを書こうと思って考えても駄目なんです。小説を書いている最中に、ふと思いついてメモをしておくんです。小説と別のものという意識はとくにないですね。絵本なりの言葉の選び方や文章のリズムの作り方などは小説と違うので、実際書いているときは、ちょっと脳の違うところを使っている感じはあります。文を先に書いて、それを画家の方に読んでいただいて、絵ができてきたときに、絵とダブるような文を削っていったりして、締まった文章にしていきます。絵本は、そういうやりとりが楽しいです。共同作業ですね。

──『くまとやまねこ』は絵本ですが、ことりの「死」が重要なモチーフになっています。『岸辺の旅』もテーマは「死」だと思います。皆、子どもの頃は死について考えていたと思います。その後、忘れて考えなくなってしまったのか、それとも意識の中で考えないようにしていたのか。でも、湯本さんは、その死について目をそらさずにずっと考え続け、小説の中で答えを見つけようとされてきたのではないでしょうか。

湯本  どんな子どもでも、その子どもなりに、身近に死を経験していきますよね。私の場合は七歳のときに祖父が亡くなって、ああ、人は死ぬんだ、と気がつきました。ミッションスクールに通っていたので、人は死んだらどうなるかというのを学校で聞かされてもいました。ですから、「死んだらどうなるんだろう」と考える機会は多かったし、そういうことを考えるのは好きでした。学校に、キリストが磔(はりつけ)になった木彫の像がありました。ガリガリの肉体に腰だけに布を少し巻いて、その像は子どもの私と同じくらいの大きさのもので、とても怖かった。じっと見ていると、生死やいろんなことを自分の中でどうして処理していいかわからなくなって、なんとか考えをまとめようとするんですが、うまくいかない。ある秋の日、下校の途中で落ち葉の積もった神社の境内を、ひとりで考えながら歩いていたら、突然するどく鳥が鳴いた。それでふと上を見上げたら、葉の落ちたケヤキの枝を通して空が見えたんです。その青空を見た瞬間、今こうして考えている自分がいると気がついたんです。ここに自分がいて、他の人にも「自分」がいるんだと。そのときに見た木の枝の様子だとか、空の色とか、今でもはっきりと憶えています。そのときの体感は生々しく私の中に残っていて、時々ふっと意識がそこに戻っていることがありますね。それは私が書くためにも、きっと必要なことなんだろうと思います。

岸辺の旅
湯本 香樹実・著

定価:1260円(税込) 発売日:2010年02月25日

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