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STAP細胞騒動が投げかけたもの<br />生命科学に未来はあるか?

STAP細胞騒動が投げかけたもの
生命科学に未来はあるか?

文:榎木 英介

『噓と絶望の生命科学』 (榎木英介 著)

出典 : #文春新書
ジャンル : #ノンフィクション

過酷な生命科学研究の現場

 私は現在、顕微鏡で病変部の組織をのぞいては患者さんの病気の原因や進行具合などを診断する病理医だが、それ以前は、生命科学の研究者を本気で志していた。生命現象の圧倒的な多様さと不思議さに魅せられ、カエルの卵からどうやって手や足ができるのか、そのメカニズムを解き明かす発生学を研究していた。

 ところが、現実は甘くはなかった。若手研究者たちは、研究室主宰の教授のもと、朝から翌朝まで研究を続ける毎日。生命科学の研究はほかの科学とは違って、生き物相手の細かい作業が連続で続くために、なかなか機械化することはできない。やればやるだけ成果が出るという労働集約的な側面もある。最初の段階ではひらめきやインスピレーションも必要だとはいえ、いったん研究の方向性を決めてしまえば、あとは手を動かすだけ。教授やボスなどは実績を出そうと、部下となる若手に圧力をかける。その生活はまるで奴隷のようで、終わりがない。

 さらに、ちょうど私が大学院博士課程に進んだ頃から大学院重点化の影響で博士号取得者は増えるが、その後のポストがないというポスドク問題が現れはじめた。若手研究者たちは奴隷から抜け出そうと論文執筆に追われ、研究室のリーダーもまた、研究費獲得のために論文執筆に追われる。そうして、いつしか論文雑誌に掲載されることが目的化する――。

 STAP細胞をめぐる騒動には、この「激化する競争サイクル」にはおさまらない側面があったのも確かだが(小保方氏はユニットリーダーで恵まれた立場にあった)、とはいえ、生命科学研究をめぐる問題が象徴的に現れていたともいえる。研究不正が起きる構造的な要因を放置すれば、いずれまた第二、第三のSTAP細胞問題が起きるだろう。iPS細胞に大きな期待が寄せられるように、科学は決して研究に携わる科学者だけのものではない。本書では問題の分析のみならず、今後の大学や研究のあり方を含め、未来へ向けての提言もさせていただいた。ぜひ、科学ニュースを読み解くための手引きとしても本書を読んでいただけたらと思う。

噓と絶望の生命科学
榎木英介・著

定価:本体800円+税 発売日:2014年07月18日

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