本の話

読者と作家を結ぶリボンのようなウェブメディア

キーワードで探す 閉じる
“巣立ち”の象徴を書きたかった

“巣立ち”の象徴を書きたかった

「本の話」編集部

『ぼくらは海へ』 (那須正幹 著)

出典 : #本の話
ジャンル : #小説

──日本児童文学史上最大のベストセラー「ズッコケ三人組」シリーズを生んだ那須さんの、問題作にして“裏代表作”と呼びたい『ぼくらは海へ』が、発表(一九八〇年)から三十年を経ての文春文庫化です。   さまざまな家庭の事情を背負った五人の小学六年生男子。彼らが初夏のある日、船作りを始める――。この物語を思い立ったきっかけを教えてください。

那須  四十年近く前、僕が三十歳の頃の話です。当時僕は広島市の実家で父の書道塾を手伝っていたんですが、通ってくる子どもの中に、「今、船を作ってるんだ」という小学六年生の男の子がいました。

  誘われて太田川の放水路に見に行ったら、建築用のコンパネを貼り合わせた一人乗りの小舟で。「浮かべてみたけど水が漏るんだ」と不機嫌そうに言いながら、彼は仲間と一緒に黙々と隙間をパテで埋めている。その光景が非常に印象的でした。子どもたちが船を作り、海へ出て行く話を書きたい。漠然と、そう思ったんです。ちなみにこの小舟は、作中で最初に出てくる「シーホース号」として生かされます。

──少年たちの船作りの舞台となる埋め立て地ですが、群生するセイタカアワダチソウ、彼らが“アパラチア山脈”と呼ぶ土砂の山。物語が生まれる予感のする場ですね。

那須  当時、広島市は西部開発事業として臨海地区の埋め立てを進めていました。しかしその頃、何らかの理由で一年ほど工事がストップしていた。それもあってか実に荒涼とした印象を与える、広大な土地でね。実家から自転車で三十分ほどだったので、ときどき散歩に行っていたんですが、ここは作品の舞台になるな、と感じ、実際に書き始めるまでずっと温めていました。

──大人びた秀才の大道邦俊(だいどうくにとし)、妹思いの繊細な菅雅彰(すがまさあき)、家が貧しく、異分子的存在の多田嗣郎(ただしろう)など、登場する少年たちが実に個性にあふれ、魅力的です。

那須  実は、少年それぞれに実在のモデルがいます。主に書道塾の生徒たちで、なかには実名を使わせてもらった子もいるんですよ。七八年に「ズッコケ三人組」シリーズがスタートしていましたから、今度はもう少し人数を増やして、誰が主人公というわけでもない、群像劇にしたかった。

──しかも彼らのキャラクターは、児童文学の類型からはみ出しています。

那須  それまで児童文学に描かれる子どもは、一言でいうなら「健気(けなげ)」な子が多かったですよね。でも僕は、健気な子どもは好きじゃない。ひと癖もふた癖もある子が好きです。子どもは純粋で汚れを知らない存在、なんていう認識もまったくありません。子どもはときに裏切るし、嘘もつく。僕のそういう子ども観は、「ズッコケ」シリーズでも折に触れ、出してきました。

──物語後半で起きる仲間の死、そしてあまりに鮮烈なラスト。発表当時、この作品に対する評価はどんなものでしたか。

那須  否定的意見ばかりでした。児童文学の評論誌でも批判されました。一番言われたのは、やはりラストシーンですね。「救いがない」「子どもの明日を見つめるべき児童文学で、この終わり方はないだろう」とね。

  でも僕としては、そういう批判は実に意外であり、心外でした。深刻な気持ちで書いてはいないし、救いのない話を書いたつもりも全然なかった。あのラストは“巣立ち”の象徴なのであって、いろいろな解釈ができるはずだ、と。

  ただ、今、インターネットに『ぼくらは海へ』にトラウマを植え付けられた、なんていう思い出が書いてあるのを見ると、そうかトラウマになっちゃったか、そりゃ悪いことしたな……と思います(笑)。

──文庫に解説を寄せてくださったあさのあつこさんは、こう問うています。「那須正幹に野心はあったのだろうか。/この一冊で、日本の児童文学を引っくり返してやる、という野心は」。いかがですか。

那須  いやいや、とんでもない……。そんな大それた気はまったくありませんでした。

──児童文学研究者の宮川健郎氏は「『ぼくらは海へ』が八〇年代児童文学のとびらをあけたのだ」(『ズッコケ三人組の大研究』ポプラ社)と最大級の評価をしています。

那須  僕の作品は、しばしばあとになって褒められるんです(笑)。『屋根裏の遠い旅』(一九七五年)もそう。少年二人が、日本が太平洋戦争に勝った世界に迷い込む、という話ですが、これも見当違いの批判ばかりされた。単なるタイムスリップものと思われて「この時代にテレビがあるのはおかしい」とか。当時の児童文学界には「パラレルワールド」という概念がなかったんですね。でもこの作品も、のちにとても褒めてもらえた。なぜでしょうね。書いた時代が早すぎたのかな?

──今、那須さんにとって『ぼくらは海へ』はどういう作品ですか。

那須  愛着のある作品です。最初に構想が芽生えてから本にするまで十年近くかけたし、船の構造を調べたり、模型にしてみたりと、エネルギーも費やしました。今読み返すと文章は気負っているし、若気の至りだと思う部分もあるけど、これが文庫になったのは非常に嬉しいことです。

──これまで「ズッコケ」の那須さんしか知らず、今回『ぼくらは海へ』を読んでびっくりした、という大人の読者に、“次の一冊”を薦めていただけますか。

那須  まずは『屋根裏の遠い旅』。短篇集の『ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド』。それから、『さぎ師たちの空』。これは我ながら快作ですよ。

文春文庫
ぼくらは海へ
那須正幹

定価:704円(税込)発売日:2010年06月10日

プレゼント
  • 『もう明日が待っている』鈴木おさむ・著

    ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。

    応募期間 2024/3/29~2024/4/5
    賞品 『もう明日が待っている』鈴木おさむ・著 5名様

    ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。

ページの先頭へ戻る