2013.06.03 文春写真館

料理人、湯木貞一は常に店に寝泊りしていた

文・写真: 「文藝春秋」写真資料部

料理人、湯木貞一は常に店に寝泊りしていた

 日本を代表する料亭「吉兆」の創始者、湯木貞一(写真右より四人目)は松花堂弁当を考案したことでも知られる。明治三十四年(一九〇一年)神戸生まれ。実家は鰻の料理屋だった。父の跡を継ぎ、十代半ばで板前修業をはじめる。やがて松江藩主で江戸時代の代表的茶人だった松平治郷(不昧公)の記した「茶会記」に強く触発されて、茶懐石を料理に取り入れるようになった。独立して大阪でカウンターのみの割烹料理屋を始めるが、最初は閑古鳥が鳴いていたという。やがて本格的に茶道を習い始め、小林一三、松永安左エ門、畠山一清、山本為三郎、高畑誠一ら財界をはじめとした数多くの有力者の知遇を得る。

 戦後、子供を分家させる形で東京や京都に出店。吉兆嵐山の徳岡邦夫当主は、孫に当たる。

〈祖父は生涯、決まった自宅というものを持たなかった。二十代で独立してからは常に店に寝泊り。昭和三十六年(一九六一年)に妻を亡くし、東京に進出してからは、大阪、京都、東京の五つの店を順に見てまわり、夜になると店のなかの、仏間のある小さな座敷に布団を敷いて眠る。食事も、外にお招きいただくとき以外は、店の調理場や裏座敷で、馴染みの道具屋さん方と道具の話をしながらとっていた〉(「文藝春秋」平成十八年=二〇〇六年二月号「鮮やかな『昭和人』50人」より)

 料理研究のため、ヨーロッパにも足を運んだ。昭和五十四年の東京サミットのおり、大平首相主催の昼食会で最高級の料理を提供して、世界の要人たちを驚かせ、絶賛された。昭和五十六年、紫綬褒章。昭和六十三年、料理界から初の文化功労者となる。写真は昭和五十六年九月撮影。平成九年没。

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