2014.09.11 書評

新人離れした筆力と世界観

文: 下村 敦史

『闇に香る嘘』 (下村敦史 著)

「以前、最終候補に残ったときに、描写が映像的というお褒めの言葉をいただきました。自分自身まだまだ成長したいという気持ちが強く、あえてそこに頼れないようなものを書きたかったんです」

 ミステリー作家の登竜門・江戸川乱歩賞に9度目の挑戦で見事受賞し、著者のデビュー作となった本作は全盲の老人が主人公という異色作だ。

 40代で失明した村上和久は、孫の夏帆の腎臓疾患治療のため自らの腎臓を提供しようとするが、検査の結果不適格だとわかる。そこで兄の竜彦に提供を頼むが検査さえも頑なに拒否されてしまう。この兄弟は終戦時、中国におり、竜彦は残留孤児として30年以上たって和久が失明したのちに日本に永住帰国した過去を持つ。大人になってからの兄の姿を見たことがない和久は、兄だと信じていた男は偽者ではないかと正体を探ることにする――。

「謎に派手さはないかもしれませんが、シンプルな構造であるからこそ深い人間ドラマが描けると考えました。全盲の主人公という設定はテレビドラマではよくありますが、映像では目が見えないという彼らの不安がなかなか伝わりづらいと思います。小説でしか表現できないこと、そして人間の内面を描くことを心がけました」

 読者が和久の不安な気持ちをリアルに追体験できるのは、新人離れした文章力と表現力があるからこそ。

「五感の中で、視覚以外の4つから主人公が感じ取れるものをどのように表現するか意識するのはもちろんのこと、文章を見直すときには形容詞や副詞をすべてマルで囲い、『これは本当に必要なのか、もっと適切な言葉に変えられないか』と考え続けました。削ることでよくならない原稿はないという格言を胸に、推敲には執筆とほぼ同じ時間をかけています」

 日本と中国の関係についても考えさせられる社会派小説の面を持ちながら、和久が兄の正体を探るうちに、何者かに狙われたり、点字を利用した暗号ありと、ミステリーファンのツボをおさえた作りで、ページを捲る手を止めさせない。そして終盤には思いがけないどんでん返しと、感動のラストが待っている。

「これまでの応募作も何かしら最後に希望が見えるものを書き続けていました。『家族に対する思い』というのが今作のメインテーマなので、そこにうまく結びつくように謎を含めた題材やプロットを練ってきた結果が、受賞につながり光栄です。これからも妥協せず読者に喜んでもらえる作品を書いていきたいですね」

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『闇に香る嘘』 (下村敦史 著) 講談社

オール讀物 2014年9月号

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