2004.05.20 インタビュー・対談

映画批評と小説の間にあるもの

聞き手: 「本の話」編集部

『映画覚書vol.1』 (阿部和重 著)

――「アメリカの夜」で群像新人文学賞を受賞されたのが「群像」一九九四年六月号ですから、作家としてデビューされて丸十年ですね。十年目にして初めて映画評論集を刊行するというのは意外な気もします。

阿部 正直に言うと、僕は映画に対しては非常にアンビバレントな感情があるんです。映画というものがなければ、僕は多分小説家になっていなかっただろうと思います。映画学校に入って映画について学ばなければ、文学に対しても関心は湧かなかったかもしれない。他方で、作家としてデビューしてからは、映画についての原稿を書くことがある時期からだんだん苦痛になり始めたんです。

――映画を仕事として観て書くということがですか。

阿部 小説家としてデビューしたわけだから、まずは小説をきちんと書かなければ、という気持ちがあるわけです。でも、映画評論の連載などをやっていると、やはりそれなりに作品を観ておかなければならない。それに、一応映画学校の出身ということもありますし、映画監督の青山真治さんや黒沢清さんなど、現場で実際に仕事をしている方々と知り合ったりすると、こちらもぬるい仕事はできないわけです。そうすると、映画の方の仕事に時間をかなり割かなければならない、でも、小説も書かなければ……(笑)というジレンマですね。

――『映画覚書 vol.1』は五百頁を超す超大作です。収録されているのは九〇年代後半から現在の評論が中心ですが、あらためて読み返してみてどのような感想を持たれましたか。

阿部 基本的には僕自身の考えは変わっていないんだな、というふうに感じました。とりわけ今回収録された原稿は、僕なりの問題意識が明確に固まってからのものなので。もちろん映画自体が変化していっている面というのはあります。

――例えば、九〇年代以降のアメリカ映画に起こっている現象を非常に的確に捉えて提示しているという印象があります。

阿部 九〇年代以降は映像技術がどんどん発達するに従って、機能重視の傾向が顕著になりました。新しい技術や機械が開発されると、人はその性能を試してみたくなるじゃないですか。機能を試すということの方が前提になって、物語はそれに従属する形になるわけです。ジャンルとしてはファンタジーが増えましたね。『ハリー・ポッター』や『ロード・オブ・ザ・リング』のシリーズはまさにそれです。あるいは、歴史劇や史実の映画化も多くなりました。過去の物語をかりながら、今の技術で過去の出来事を再現しようという試みです。今ではない、見えていない部分を描いた方が新技術を試せるし、映像表現としても斬新だということでしょうね。

 一方で、デジタル技術とは別の形でリアリティを追究しようとする疑似ドキュメンタリーという手法の映画も一つの傾向となってきました。

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映画覚書vol.1
阿部和重・著

定価:本体2,381円+税 発売日:2004年05月26日

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