八年前に突如絶筆した作家・咲良怜花。若き編集者の熱心なアプローチを受けた咲良は、それまで誰にも明かすことのなかった自らの半生を語り始める。なぜ彼女は小説家になったのか? そしてなぜ、筆を折ったのか?
「スチュアート・ウッズの『警察署長』や、高村薫さんの『わが手に拳銃を』のようなタイムスパンの長い物語が大好きで、いつか自分でも書いてみたいと思っていました。ずっとトリックやどんでん返しにこだわってきて、人物描写については正直、キャラの区別がつけばどうでもいいとさえ思っていたんですが、年をとって丸くなったんでしょうか(笑)。『新月譚』ではトリックをひとまず封印し、徹底的に一人の女性作家の人生を描写して、大河小説を書いてみようと思ったんです」
物語は、二十一歳の平凡な女性・後藤和子が小さな貿易会社の入社面接を受けるところから始まる。やがて彼女は、ある男性との凄絶な恋愛に身を投じ、作家になり、波乱万丈の人生をおくることになるのだが―。
「雑誌連載の前半はとてもしんどくて、数行書いては『これでいいのか?』と自問自答する繰り返しでした。だって、二十一歳の女性が男を好きになる気持ちなんてわかります?(笑) わからないなりに必死に彼女と一体化しようと努力しているうちに、しだいに”言霊”が降りてくるようになって、後半は彼女が動くにまかせ、語るにまかせ、僕はただキーボードを叩くだけという感覚になっていきました。
そうなると今度は、下手に作者である僕の考えを入れたら小説が小さくなってしまうような気がして、先の展開を考えたくなる気持ちを抑え、毎回、考えずに書こう、考えずに書こうと自分に言い聞かせて、何とか締め切りをクリアしていったという感じです。
最終回を書く直前まで、別の結末を考えていたし、編集者にもそう伝えていました。なのに、いざ書いてみるとまったく違う結末が出てきて、担当者も驚いたと思いますが、僕自身がいちばんびっくりしました(笑)。しかも、冒頭から読み返してみると、最初からこの結末を考えていたかのようなプロローグを自分が書いている! いま思えば、この物語はどこかにすでに存在していて、作者である僕は、ただ巫女のようにそれを受信して形にしたにすぎない、という気さえしています。
僕の作品を読んだことのある方も、ない方も、貫井徳郎という名前を忘れて読んでもらえればうれしいですね。読み終わった後で、きっと『これ貫井徳郎の小説だったの!?』『男の作家が書いてたの!?』と、驚いてもらえるんじゃないかと思います」