2015.02.05 キャプテンサンダーボルト

第4回
「それでもエースって、恰好いいじゃないですか」

文: 阿部和重 / 伊坂幸太郎

『キャプテンサンダーボルト』 (阿部和重 伊坂幸太郎 著)

「いかがわしい、ってどういう業者なんだよ。俺に片棒担がせるんならだいたいの事情を話せ。その業者は何者だ」

 言い切る前にまたも大きなくしゃみが出て、田中の眼鏡はコントみたいにずれてしまった。さらに二、三度つづいた田中のくしゃみが止まったところで、相葉時之はこう打ち明けた。

「健康天然水の販売業つってるが、実態はただのペテン師だ。柳崎が仙台で共同経営誘われて全財産持ってかれたっつうから、今度は俺らが騙し討ちにして懲らしめようってわけ」

「天然水のペテン師とは、どこか爽やかそうじゃないか」田中は笑う。

「やり口はえげつないけどな。富樫のツテたどったら、マネロン屋が知り合いでさ。そいつの仲介で、ここで打ち合わせる段階まで漕ぎ着けたって流れだ。事前に下調べとかされたら面倒だろ。だから、落ち合う場所はぎりぎりまで決めずに段取り進めてきたんだ」

「それがうちのホテルになったわけか」

「で、おまえの出番になったと」

「俺がそいつに部屋番号を教えてやるわけか。柳崎が持っていかれた全財産ていくらよ?」

「一千三百万」

 田中は少しのけぞる。「あいつ、そんなに持ってたのか」

「脱サラするつもりで、嫁の貯金おろしたり親から借りたりしてかき集めたんだと。会社も辞めちまってたから、そっからずっと職探しとバイト漬けで死にそうになってて今は鬱。ペテンの手口はなかなか巧妙らしくてな。警察もクソみたいに腰が重いんだと」

「クソが重いかどうかはさておき」とにかくお気の毒様だな、と呟いて、口をへの字に曲げた田中徹は眼鏡のレンズを拭きはじめた。そのうちにふと、相葉時之自身のことが気にかかった彼は、率直にこう訊ねた。

「そういやさ、おまえのほうはどうなの相葉。トランザムの借金、返済終わったのか?」

「終わらないねえ。終わらねえどころか増えてくいっぽう。首がまわらねえんだよ」

 相葉時之は途端に顔を歪めた。いつものふざけた調子が消え、憂色に染まりきっている。絵に描いたような苦渋の表情だ。

 それを目にしただけで、旧友がいかに金に困っているのかを、田中徹は察することができた。先ほどまで相葉が見せていた、昔ながらの軽薄ぶりが実は、不安を隠すためのカムフラージュだったのではないかとさえ思えた。「四十年前のアメ車なんか乗ってるからだ。背伸びするなって」

「維持費がハンパねえのよ」

「手放す気はないのか?」

「あたりめえだろ」力強く相葉時之は答えたが、田中はそこに、もっと切実なものを感じた。

「車手放したって焼け石に水とか、そういう話か? つうかまさか、ほかにも借金あるのか?」

「うるせえな」と撥ね除けるその態度が、図星をつかれたと白状しているようなものだった。やはりほかにも借金があるのだなと、田中は直感した。思い当たる節はあった。今年の正月、初詣での帰りに、角山から聞かされた話だ。

「どっかの女がAV事務所を辞めるのに、おまえが手助けしてやったとかいう話、あれは本当なのか?」

 相葉の顔が引き攣っている。視線もとっさにそらしたということは、その通りだと認めているようなものだ。

「相葉、おまえよく無事だったな。かなり質(たち)が悪い事務所なんだろ?」

「でももう、そっちは終わった話だ。角山に聞いたのか?」

「正月にな。心配してたぞ」

「なら、とっくにかたづいてるから心配すんなってあいつに電話しとくわ」その答えとは裏腹に、相葉時之の表情はますます陰りきっている。

「でも、金はどうしたんだ?」

「容赦ねえなおまえは。実は、そっちのほうは終わってない」

「マジかよ。いくらあるんだ」

「まあ、多少な」

「なんだよ、柳崎が騙し取られた額よりデカいのか?」

「内緒。てなわけで、これから一仕事だ」

 そう言い置いて、相葉時之はホテルの館内へ戻っていった。

 旧友が去ると、今度は同僚とのおしゃべりになった。田中がひとりになるのを待っていたかのように、後輩ドアマンの黒田がこちらに近寄り、「誰なんですか?」と問いかけてきたのだ。

「小中の同級生で、野球チームでも一緒だった腐れ縁だ。ここに就職するまでは、ほとんど毎日あいつと遊んでたわ。そういう仲」

「てっきり、からまれてるのかと勘違いしちゃいましたよ」

「あの見た目じゃチンピラと変わらんもんな。あれでもガキの頃は主力ピッチャーでさ、めちゃくちゃ球速かったんだよ。集中力さえつづけばな、少しは高校でも通用したかなっていう。昔のあいつ知ってると、もったいなかったなってちょっと思うな」

「部活とか熱心にやってたようには全然見えないですね」

「気分屋だから熱心ってことはなかったけどな。せっかく筋がいいって大人に褒められてんのに試合でわざと打たれたり、キャプテン指名されても勝手に別のやつ祭り上げて、押しつけて」そんなひねくれ者で無鉄砲な相葉時之を、仲間内でただひとりコントロールできたのが、井ノ原悠だったなと、田中徹は思い出す。

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キャプテンサンダーボルト
阿部和重 伊坂幸太郎・著

定価:本体1,800円+税 発売日:2014年11月28日

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