2016.05.26 特集

足るを知る者は富む(老子)

文: 細川 護熙

『中国 詩心を旅する』 (細川護熙 著)

河南省 霊宝市 函谷関(かんこくかん)

『中国 詩心を旅する』 (細川護熙 著)

 子どものころに受けた教育の基本に儒教があったことは間違いなく、その教えは今もわたし自身の日常の行動をかなり律している。また、思いまどうことの多かった思春期以来、仏教にはしばしば心の拠り所を求めてきた。儒・仏ともにわたしの精神の糧(かて)であるが、歳(とし)とともに『老子』に惹(ひ)かれるようになった。

 あえて孔・老の比較でいえば、『論語』が日々の生き方を目に見える形で教えてくれるのに対して、『老子』は目に見えないところを照らしてくれるような趣があるとでもいえようか。わずか五千字ほどの書であるが、一字、一句のなかに詩的な美しさがあり、また個々の生命から宇宙までを包み込むような大きさと深さを感じることがある。あわただしい現代社会に生きる人びとにとって、大いなる慰めの書ともなりうるものだろう。

 つかみどころのない茫漠たる印象の部分もあるが、『老子』には好きなことばが数々ある。一例をあげれば、

為無為、事無事、味無味。

無為を為(な)し、無事を事とし、無味を味わう。

などは禅語に近く、むずかしいが奥深い魅力がある。そんななかで、

知足者富。

足るを知る者は富む。

は、孔子の教えであっても、名僧の言であっても不思議ではないような、人がよりよく生きるための思想の根ともいうべき人生智に満ちた実践的な至言だ。

函谷関。長安と洛陽という二大古都をつなぎ、また遮断する古来の関門で、幾多の歴史の舞台となったが、今はわずかに残る古道に往時を偲ばせるのみである。

 老子その人の存在もまた漠としている。『史記』の述べるところも短く曖昧だが、「老子出関」のエピソードは面白い。

 老子は長く周(しゅう)の国にいたが、周が衰えたのを見てそこを去り、ある関所に至った。関守の尹喜(いんき)という者が、「先生は隠棲しようとされているようですが、どうかわたしのために書物を書いてください」と懇願した。そこで老子は道徳についての上・下二編、合わせて五千余字を書き遺したというのだ。

 司馬遷(しばせん)はその後の老子について、「その終わるところを知らず」とのみ書いている。没蹤跡(もっしょうせき/あとをくらますこと)ぶりがいかにも老子らしい。

 このときの関所は、函谷関とも、さらに西の散関ともいう。

 辺境の風土を主題とする辺塞詩(へんさいし)で名高い盛唐の詩人岑参(しんじん)が「青牛の老人更(さ)らに還(かえ)らず」と詠(うた)ったのは「函谷関の歌」のなかでのことで、わたしも函谷関を訪ねてみたが、「道は常に無名なり」と説く『老子』の世界では、そんな場所の詮索自体が無意味であるに違いない。

 函谷関から西安に向かう途中にある崋山は、古来、泰山などと並んで五岳のひとつに数えられ、老子を祖とする道教の山としても名高い。函谷関のあと崋山を見ようと、その麓まで行ってみた。あいにくの雲霧のため、大きな山容は薄い灰色の影のように見え隠れするだけで全貌を窺(うかが)うことはできなかったが、老子を思うには、それはいっそふさわしい光景のようにも見えた。

老子(ろうし)

紀元前6世紀頃の人で周の役人をしていたともいう。姓は李、名は耳(じ)、字は耼(たん)で、道教の教祖とされるが、その事績は明瞭ではない。『老子(道徳経)』は、『荘子』とともに「老荘思想」の基をなす。

中国 詩心を旅する
細川護熙・著

定価:本体830円+税 発売日:2016年05月10日

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