2014.04.07 文春写真館

推理作家・佐野洋と絵本作家・佐野洋子の邂逅

文・写真: 「文藝春秋」写真資料部

推理作家・佐野洋と絵本作家・佐野洋子の邂逅

〈新聞広告や電車の中吊りにでかでかと佐野洋と出ていると、私はもじもじして困った気分になった〉

 ロングセラーの絵本『100万回生きたねこ』の著者として知られる佐野洋子(平成二十二年=二〇一〇年没)が記したのは「オール讀物」平成二年七月号。「私たちは別人です」と題する異色のグラビア企画で、よく似た名前を持つ十歳ちがいの二人の対面はかなった。

 推理作家・佐野洋は、昭和三年(一九二八年)、東京に生まれる。東京大学文学部心理学科卒業後、読売新聞社に入社。在社中の昭和三十三年、『銅婚式』でデビュー。ペンネーム「佐野洋」は、「社の用」のもじりでもあったという。

 同年、多岐川恭、河野典生、星新一、水上勉らと「他殺クラブ」を結成。このグループは、のちに江戸川乱歩を初代理事長とする日本推理作家協会が発足する契機となった。

 昭和三十四年に長編『一本の鉛』を発表して作家専業となる。作品は、短編だけで一〇〇〇作を越える。ミステリー実作のかたわら、昭和四十八年から四十年にわたり、「小説推理」誌上で一号も欠かさず「推理日記」を連載し、平成二十一年には菊池寛賞を受賞した。平成二十五年四月二十七日永眠。宮部みゆきは悼む。

「佐野さんという〈本丸〉を守る作家がいなかったら、その後のハードボイルドの勃興も、警察小説の隆盛も、新本格ルネサンスの輝きもなかったことでしょう。/佐野さんが亡くなり、日本のミステリー界は大黒柱を失いました。ひとつの歴史が終焉を迎えたのです」(「朝日新聞」平成二十五年五月一日付)

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