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末期がん患者 在宅緩和ケアのパイオニア

末期がん患者 在宅緩和ケアのパイオニア

「本の話」編集部

『看取り先生の遺言 がんで安らかな最期を迎えるために』 (奥野修司 著)

出典 : #本の話
ジャンル : #ノンフィクション

――岡部医師は抗がん剤治療も患者側に立って考えています。

奥野 彼の話を聞いていると全体的に患者の目線になっています。岡部さんはQOLが下がるような抗がん剤の使い方は間違っているとはっきり言っています。宮城県立がんセンターにいたとき、抗がん剤に関するQOLの調査表を作っていて、この薬でQOLがどのくらい下がるか、生存曲線にQOLの線を重ねて、それを見て患者さんが判断できるようにデータをとっていました。今そういう資料を作っている機関、人はいないのではないでしょうか。やってみたら死ぬほどつらいということが起きています。事前に分かっていれば患者側が選択できます。そういうことをやろうとしていました。

――「抗がん剤をやったら孫を抱くな」には驚きました。

奥野 抗がん剤の成分が汗などから出るということは、僕も初めて知ったことです。現在、薬剤師は直接薬に触れない、吸わないようにしています。がんの研究者にがんで死ぬ「治療発がん」と思われる人も多かったようです。抗がん剤を投与されている患者さんの家族も知っておくべきことでしょう。例えばシスプラチンという薬は千度以上で焼却しないと分解しない、現在はともかく以前は薬のついた廃棄物を処分する際、外にばらまいていたようなものだと考えられます。

死はこわいものではない

――在宅看護の話に戻りますが、在宅の方は病院の患者さんより「お迎え」を見る割合が高いそうですね。

奥野 4年くらい前までは岡部さんは「お迎え」がくると穏やかな死を迎えられると言っていたんですが、ある講演会でお迎えが来ないと穏やかな死に方ができないのかと質問され、そこで改めて調査してみると、在宅ではお迎えがあってもなくてもほとんど穏やかな死を迎えていることが分かりました。穏やかに死を迎える環境が整っているからお迎えが現れたのです。余計な治療をしない、特に水の問題、点滴すると溺死のような状態で苦しんで死ぬ、一番苦しい死に方なんだそうです。ですから、体力と精神がバランスよく衰えていくような自然死を迎えられる状態にすることが大事です。アメリカ癌学会ではがん患者の7~8割が「幻覚」を見ると報告しています。その中に結構お迎えがあるのではないでしょうか。

――「あの世」があるからこそ「お迎え」が来て、穏やかに死後の世界に向かうことができるのでしょうね。

奥野 死が真っ暗で無の世界であれば、誰も行きたくない、死にたくないと思います。あの世があるかどうかは別問題ですが、患者さんにとってはあの世があると信じられたら、すごく楽ですよね。その感覚が日本人の宗教観、倫理観につながっているという説には納得しました。世界の国々では宗教が倫理観の母体になっていますが、日本では「あの世観」ではなかったでしょうか。あの世から見られているという感覚、悪いことをすると死んでからご先祖様に怒られるという意識が、日本人の倫理観を形づくってきたのではないかということです。それが現在の日本人にはなくなってきています。

――在宅死を国も進めているようですね。

奥野 厚労省は2030年に在宅死を40%に上げようとしています。現在は10数%ですが、12年から機能強化型在宅療養支援診療所の制度をつくりました。あの手この手で増やそうというわけです。ただし、患者のためではなく医療費を減らすのが目的です。「介護保険は欠陥法」と言われるように、介護の現場に即していません。ヘルパーは45分単位で、患者は人と会話をしたいのにヘルパーにそういう時間は与えられていません。在宅でも単身者が少なくない今の状況だと大変なことになると思います。都心の歴史のある集合住宅でも半分が単身者という場所があります。介護が今のままだったら、この人たちが亡くなるときは大変なことになります。

――これまでよりもひどい状態になる可能性があるのですね。

奥野 終末期の医療費は点数が高くなっているんです。だから、在宅看護していても最後は病院に運び込んでしまうことになります。病院にとっては経済的に最高の仕組みですね。しかし、在宅死比率は上がりません。

――岡部医師の在宅緩和ケアを多くの人に伝えたいですね。

奥野 病院で治療できなくなって岡部医院を介して在宅になった末期がんの患者さんの場合、死を迎えるまで長くて3か月、平均1か月。例えば2か月として、ヘルパーを3人使うと、ほぼ独居を回避でき、家族の負担も避けられます。1月60万円として2か月で120万円です。お葬式代の平均が300万円だそうですから、生きているうちに看護の方にお金を回すという考え方もあります。この本に書かれていることを患者さんが知ることによって選択肢が増えると思います。先ほどの抗がん剤にしても使うか使わないかの判断を、投与する医師に質問をできるようになります。がんで在宅看護はできないと考えている人が多いと思いますが、むしろ、がんだからこそ可能な部分もある、ということを知ってほしいですね。

看取り先生の遺言

奥野修司・著

定価:1470円(税込) 発売日:2013年01月23日

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