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歴史からの自由を説く韓国人による韓国論が生れた

歴史からの自由を説く韓国人による韓国論が生れた

文:鄭 大均 (首都大学東京教授)

『大韓民国の物語』 (李榮薫 著/永島広紀 訳)


ジャンル : #ノンフィクション

ヨン様派やカン様派への贈りもの

    第二に、本書は隣国に比較的最近、親近感を抱きはじめた読者にとっても有益である。ここには若い学生もいれば、熟年の女性もいるだろうし、筆者が「ヨン様派」や「カン様派」と呼ぶ関心層もいるであろう。

   ヨン様派が「冬ソナ」や「チャングム」といった韓国のポップカルチャーとの出会いを通して隣国に関心を寄せはじめた読者であるとするなら、カン様派とは、例の姜尚中東大教授の著書やテレビでの尊顔に接して隣国に関心を寄せはじめた読者のことで、前者がリアリズム志向なら、後者はバーチャル志向という重要な違いはあるが、いずれも日本人の劣化過程で生れた現象であり、隣国になにかしらの幻想を抱きやすいという共通性もある。

   こういう読者に李氏の本が益するところは大であろう。といっても、これは大部の本でもなければ、生硬な本でもない。二〇〇六年六月、李榮薫氏は韓国のEBSラジオに出演、『解放前後史の再認識』(本の世界社刊)という本の解説番組を一週間にわたって担当した。

 

   本書はそのときの放送原稿に加筆・修正してできあがったもので、話し言葉的に記されていると同時に、自伝的な語りがあり、流行歌や文学作品の一節が紹介されていたりする。

   筆者に印象的だったのは、詩人・徐廷柱の「親父は奴婢だった」から始まる「自画像」(一九三七年)という詩に触れたくだりで、次のようにいう。

 

   この偉大なる抒情詩人は父親が奴婢の出身でした。詩人は奴婢の身分を恥じました。そこで「世の中は行けども行けども恥ばかりなり」と詠いました。ところで李朝時代における奴婢の売買文書を見ると「寿介(スゲ)」というちょっと粋な名前がしばしば目につきますが、実際には「犬っころ(スケ)」という語の当て字でした。詩人は自分をその犬っころに喩えています。「舌が垂れ下がった病犬のように息せき切りながら我は来たり」と。私はいまだかつて、このように自身の卑しい身分をある時代の痛みにまで昇華させて詠う高潔なる精神に触れたことはありません。この詩人はしばしば親日派と罵られていますが、私はこの詩の一篇だけでも彼を愛してやみません。  

大韓民国の物語
李 榮薫・著 , 永島 広紀・訳

定価:1950円(税込)

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