2016.03.16 書評

いま、桐生悠々に学ぶべきこと

文: 保阪 正康

『そして、メディアは日本を戦争に導いた』 (半藤一利・保阪正康 著)

『そして、メディアは日本を戦争に導いた』 (半藤一利・保阪正康 著)

 ジャーナリスト魂、あるいはジャーナリスト根性などという語が、ときにジャーナリスト自身から聞かされる。権力に阿(おもね)ることなく、権力からの圧力にも屈せず、「報道の自由」を守ることに身を挺する、との意味が持たされているのであろう。言論に制限が加えられる時代がこないよう、我々は自覚していたいとの意味もあるのだろう。

 こういうジャーナリスト(大体は新聞記者が多いのだが)とときに会話を交わしながら、私はこの意気込みを諒としつつ、そしてこういう自戒を意識していることに敬意を表する一方で、言論の自由を守ることがそれほど簡単でないことを私たちは歴史から学ばなければならないとも思う。もっともわかりやすい例えを持ちだすが、昭和一〇年代に真のジャーナリストは存在しえたのだろうか、との設問を用意してみればいい。

 昭和一一年の二・二六事件以後、日本社会はより偏狭な民族主義に染まった国家へと変質していく。言論そのものが一定の枠内にとどまることを要求され、とくに昭和一二年七月の日中戦争以後は「聖戦完遂」が国策の共通語となり、新聞、雑誌はその方向での編集しか認められなくなった。加えて、本書でも半藤一利氏が指摘しているように、新聞は競って中国戦線に特派員を送り、戦勝の気運を盛り上げ、我が郷土部隊は「無敵」の部隊だなどと国民を煽(あお)る記事を掲載し続けた。

 実際にそのような記事によって、新聞の売り上げは大幅に伸びたのである。

 こういう時代にあって、ジャーナリストの役割はどのようなものなのだろうか。

 大まかに言えば、記者個人がその良心に従って記事を書く時代たりえただろうか。自分は戦争そのものに反対である、日中戦争は日本の理不尽な要求から出発しているのであるから即時停戦しなければならない、との考えを持っている記者が、そのような思いで自由に記事を書けただろうか。あるいは組織体に属している記者ではなく、自由に発言、執筆のできる立場の評論家や作家が、ジャーナリストの目で自らの所信を自由に書くことができただろうか。

 答えはいずれも「否」である。国家はそんなに甘くはない。

 彼らに自由に執筆の場など与えられるわけがない。

 こうした状況を分析していくとわかるが、ジャーナリスト個人がどれほど「表現の自由」を守るのだと叫んだとしても、まずその職が保障されるとは限らない。自らの信念を曲げなければ、その自由を失った社会では生きていけないのだ。だからジャーナリストは、自分の考えなど持つな、自分の考えは国家が要求している枠組みにあてはめて生きていけ、と的外れな教訓を説く論者も出てくる。

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そして、メディアは日本を戦争に導いた
半藤一利、保阪正康・著

定価:本体550円+税 発売日:2016年03月10日

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