10年以上も原爆、原発を主要テーマの1つにしてきた田口さんが、震災後に福島第一原発20キロ圏内(=警戒区域=ゾーン)に入ったのは意外に遅く、2011年7月だった(それまではプライベートやチャリティなどで忙殺されていたそうだ)。そのとき一番驚いたのは、車で案内してくれた郡山の人がTシャツ姿だったことだ。
「都会との温度差を感じました。せいぜい10~20μSv/hだと思っていたら、場所によっては数値が100を超えていましたから。原発には昔から関わってきましたが、観念としてしか捉えていなかったことがよくわかりました。被曝体験は(原爆の)被爆体験同様、同心円状の地図が意味を持たず、個人のドラマでしかないんです。数値に根拠がなく影響もよくわからない中で、死生観、イデオロギー、物の考え方によって感じ方が変わるんです」
本書は独特の構成になっている。全4話からなるが、前半2話は、田口さんの作品ではおなじみの女性作家・羽鳥よう子がゾーンを訪れる設定。しかし第3話「牛の楽園」は事故前から癌を患う男、第4話「モルモット」は事故後7年間もゾーンに住み続ける女性2人が主人公だ。前半には事故直後の生々しさが残り、後半には時間と空間をずらした外側からの視点が導入されていると言える。ペット/野生に限らず、動物が多く出てきて、まるで人間が余所者のように描かれるのも本作の特徴。ゾーンの中で、あらゆる価値観が引っ繰り返っていく。
「『牛の楽園』では、癌と放射線との皮肉な関係を書きました。癌になりたくなくて原発の放射線に怯えるのに、癌は放射線で治療するわけですから。
癌患者は、宣告を受けた日から突然、世界が転倒して“気の毒な”マイノリティになるんです。これを更にもう一回転倒させて、癌患者の側から原発事故を書き直しました」
「モルモット」では、飯舘村の友人が感じていたことを表現した。
「福島の人はどちらかというと、事故後も飄々としているんです。放射線に怯える人と、その土地で受け容れる人、どちらがいい悪いという判断はしませんが、高度経済成長期に小中高時代を過ごした私は、日本の田舎の風景は、“進歩的でない”という価値観の下に育ちました。だから、大地の恩恵を受けて育った人が、その土地にこだわるメンタリティを知りたかった」
高度経済成長と原発はパラレルだ。
「日本人独自の感受性は、近代化の中で喪われていきました。私が縄文や原始芸術に惹かれるのも、それを通じて間文化的な視点から原発問題の再解釈、再構築をしたいからなのです」