2012.07.05 書評

「相続」を「争続」にしないために

文: 荻原 博子

『夫に読ませたくない相続の教科書』 (板倉京 著)

 相続というのは、未知の世界だと思っている人も多いことでしょう。また、親から相続する財産などそれほど無いのだから、あまり気にしていないという人も多いことでしょう。

 けれど、知らないままでいると思わぬトラブルに巻き込まれるのが、相続の怖いところです。

 たとえば、私の知り合いで、結婚相手の親が借りた借家に暮らし、夫の親の最期を看取った友人がいました。夫の親にはあまり財産が無く、まして借家なので、自分たちには相続の心配などないと笑っていたのですが、夫の父が亡くなって悲しんでいる間もなく、相続争いに巻き込まれてしまいました。家は借家ですが、都心なので時価一億円。借りている家の借地権(7割相当)を相続しなくてはならないということになったからです。しかも、借地権に価値があると聞いた兄弟が、財産分与の裁判を起こしたのです。

 夫は、事情がよくわからずにオロオロするばかり。知人は、4年も親身に介護していた夫の親を亡くしたショックと、夫の兄弟やその嫁たちとの争いで、憔悴しきってしまいました。

 この知人のケースは、私にもショックでしたが、『夫に読ませたくない相続の教科書』を読んでいて、これは、けっして相続ではレアケースではないのだと思いました。

 筆者は、冒頭で「相続自体が大変なわけではないのです。何も準備せずに相続を迎えるから大変になってしまうのです」と書いていますが、まさにそのとおり。

 しかも、相続する際には、兄弟など肉親が絡んできて、単にお金だけでは割り切れない問題が噴出してきます。

 筆者はこれを、「勘定」の問題と「感情」の問題と書いていますが、特に損得勘定に、肉親であるが故の感情が付加されると、こじれにこじれて修復不可能な状況にまでなってしまうことがあるというのは恐ろしいことです。

 本書の中にも、そうした実例が、たくさん出てきます。しかも、妻側に立って書かれているので、女性で共鳴する方も多いでしょう。

 相続の嵐は、親の財産をめぐって兄弟間に吹き荒れるだけでなく、夫に残された妻をも襲います。夫を失って心細い専業主婦の妻に、義兄弟から容赦なく相続の請求が来たら、妻はどうすればいいのでしょうか。共働きだったために、急死した夫の財産をすべて把握できない妻。義理の父を介護したけれど、嫁という立場ゆえに相続できないだけでなく、介護費用を父の通帳から勝手に引き出したとの嫌疑をかけられる妻。熟年再婚したけれど、再婚相手が亡くなり、相手の家に住んでいたために相手の子どもたちから立ち退きを迫られる65歳の妻。

 あり得ないような出来事に思いますが、「勘定」と「感情」が絡み合った相続の現場では、さまざまな問題が急に目の前で起きるのだということを実感しました。

 筆者は、高齢化社会の中で、女性は人生で6度の相続を経験する可能性があると書いています。確かに、今や女性の平均寿命は86歳で、自分の両親、兄弟だけでなく、夫の両親や自分の子どもたちの相続に関わる可能性があります。再婚すれば、そこでまた新たな相続に直面する可能性もあります。

 筆者の板倉京さんは、1966年生まれの女性税理士で、一児の母。結婚を機に損害保険会社を退職し、一念発起で税理士試験に挑み、ファイナンシャルプランナーの資格も取得。女性だけの税理士ネットワーク「ウーマン・タックス」を設立。そのせいか、女性ならではのきめ細かな視点が、本書にも存分に活かされています。

 女性が相続で悩むのは、長生きするぶんそうした問題に接する確率が高いというだけでなく、男性よりも女性のほうがリアリストだということがあるようです。夫を頼って生きてきたがために、経済の支柱を失ってしまうというケースも多く、そのぶん悩みは深くなると言えるでしょう。

 おもしろいのは、相続対策でも男女の役割分担があるということ。男性は、相続ではお金のことを気にし、女性は、もめないためにどうすればよいのかという精神的な面の心配をする人が多いのだそうです。それぞれに特性があるので、難しい相続を上手に切り抜けていくには、二人三脚で女性が男性を上手にフォローしていくことがカギとなるようです。

 そういう意味では、常日頃から、いろいろ話し合えるような夫婦関係をつくっておくことが必要。また、妻がイザという時のために、それなりの知識を身につけておくことも必要でしょう。

 幸いにも相続のトラブルに巻き込まれなかったとしても、夫婦のこと、家族のことを考えさせられる一冊になるのではないでしょうか。

夫に読ませたくない相続の教科書
板倉 京・著

定価:767円(税込) 発売日:2012年06月20日

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