レビュー

二つの大切なこと――今あらためて植村直己を語る

『植村直己・夢の軌跡』 (湯川豊 著)

文: 湯川 豊
『植村直己・夢の軌跡』 (湯川豊 著)

 少しばかりの時間をお借りして、植村さんの魅力というのがどんなものだったかというお話をしたいと思っております。

 最初に、先ほど記録映画が上映されましたが、私は見ないようにしていました。なぜかというと、あの植村の顔を見たり、動いている姿を見ると、今でもちょっと胸がざわつくというか、心が波立ってしまう。だから見ないようにしていたんです。

 ところが、記録映画だから彼の声が聞こえるんです。声が聞こえる方が、姿を見るよりも実は、胸に迫るものがあって、その結果言葉を失なって、つまりお話しすることがなくなってしまいました(笑)。

 とはいえ、何か話さなきゃいけない。

 地平線会議の江本嘉伸さんが今紹介してくださったエピソード、キビヤックのエピソードというのは、本当に面白いと思いますね。

 アラートの基地にいた支援隊員の人から帰国後に話を聞いたんですけども、一番つらい時、出発して四、五日といえばすごい乱氷帯に入ってしまった時で、なんといいますか、「氷の藪」と植村さんは書いていますけどね、そういうところに入ってしまったので、一日で二キロとか五キロしか進めない。

 その時にその日の行動報告をした後で、「キビヤックを誰がとったのか」、毎日のように通信のたびにいっていた。これやっぱりすごい執念というか、ただ食べたいというようなものじゃないんですね。

 それは何だったかというのを考えるとすごく面白いような気もしますけれど、そのことについて、僕がどういうふうに感じたかは本に書いてあるので、読んでいただければと思います。

 それで別のことを思いだしました。食べ物でいうと、私が勤めていた文藝春秋っていう出版社の地下に食堂がありまして、植村さんが訪ねてくれると、その地下の食堂に一緒に行って、遅い昼ご飯とかを食べてもらってたんですが、彼はカレーライスとラーメンと二つ頼む。カレーライスの方を最初に食べてそれからラーメン食べ終わると、なんだか照れくさそうな顔して、というのは、この食堂で二種類食べる人なんてめったにいませんから、照れくさそうな顔をしてにっこり笑う、その笑顔がいいなぁ、というふうに今でも思いだします。その顔は本当に魅力的で、植村の魅力っていうのはあの顔ですよ、といいたいくらいなんです。

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植村直己・夢の軌跡
湯川豊・著

定価:本体750円+税 発売日:2017年01月05日

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